真実の10メートル手前 米澤穂信
2015年出版
『王とサーカス』で活躍した太刀洗万智が出てくる
過去の作品を集めた短編集。
作品の発表自体は『王とサーカス』より前だったり後だったりするけれど
作中の時系列はバラバラ。
フリーになる前の新聞社所属時代もあったりして興味深い。
一冊に収められている6篇の作品には共通点がある。
1.語り手が太刀洗ではない
これは作者本人があとがきで書いているように
客観性によって太刀洗の冷静さ・高潔さを表現する手法。
もっとも、6人の語り手自体もバラエティーに富んでいるので
その視点から収束することで太刀洗のキャラクターが
より強調されて小説としての面白味も出ている。
2.ジャーナリズムの暗部
太刀洗に取材の同行を願う人物への
「あまり気持ちの良いことにはならないかもしれない」という言葉が
決め台詞のように何度も出てくる。
ジャーナリストとしての経験を積んだがゆえに
取材というものに対する一般人の忌避も
身に染みて理解しているという重さを表している。
3.終わり方がモヤる
どの作品もきっちり真実を解明して終わるものの、
必ずしもそれが良い結果につながるとは限らない。
そして「王とサーカス」でもそうだったように
「何を伝え、何を伝えないべきか」に焦点を当てて決断するのが
清々しくもありもどかしくもあり。
ひとつひとつは小作品ながら、
後の作品になるほど推理に深みが出てきて、ミステリとしても上質。
そして太刀洗のキャラクターを掘り下げる意味で非常に有用な一冊。
最後の1篇、ここ数年繰り返される豪雨被害をモチーフにした
『綱渡りの成功例』が個人的にはいちばん面白かった。
語り手は太刀洗の後輩で消防団員の大庭。
豪雨による土砂崩れで周辺から孤立した老夫婦が
レスキュー隊によって救出されたが
ニュースの映像では何かうしろめたそうにしている。
太刀洗がこの地を訪れたのはこの老夫婦に取材を行うためだった。
一体何を調べるために来たのか。
老夫婦が隠している真実とは何か。
自分も必死に思考をめぐらせたけれどわからず、
頭の隅にひっかかっていた違和感が夫婦への質問で明るみに出たとき
一種異様とも言える爽快感に打たれた。
我々一般人が「マスコミはそんなことまで晒すのかよ!!」と
反感を抱くような報道の裏側にもこういうドラマがあるのかもしれない。
文章 ★★★✩
プロット ★★★✩
トリック ★★★
(★5個で満点)