阪口直人の「心にかける橋」

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イビチャ・オシム元サッカー日本代表監督の死を惜しむー多様性を守ることの価値

2022年05月02日 08時43分26秒 | スポーツ
 サッカー日本代表、そしてユーゴスラビア監督を務めたイビチャ・オシム氏が亡くなりました。2017年12月、サラエボで紛争解決と民族和解をテーマに3時間もお話する機会を頂き、ユーモアと哲学的メッセージにあふれた『オシムの言葉』を惜しむことなく披露して頂いた記憶が蘇えってきます。

 オシム氏は、民族問題により3つに分裂し、FIFAから資格停止処分を受けていたボスニアサッカー連盟を統一する大きな役割を果たし、祖国ボスニアを2014年のワールドカップブラジル大会出場に導いた立役者でもあります。

 私は内戦直後の1996年、短い間ですが、在サラエボ日本大使館の書記官としてボスニア統一選挙の選挙指導員をしていたことがあります。2017年、21年ぶりにボスニアに行った際、外交官としてサラエボに勤務していた高校時代の同級生・熊倉隆行氏の案内でボスニアサッカー連盟に行き、3つのサッカー連盟が統一された経緯を聞きました。「その話はオシム氏に直接聞くのが一番いいよ」と言われ、できれば私もオシム氏に会って話を聞きたいと思いましたが、「今はオーストリアのグラーツにいて、心臓の問題もあってなかなかサラエボに来られない。残念だ」と言われ私も諦めていました。ところが翌日、オシム氏が急遽サラエボに来て会ってくれるとの連絡があったのです。サッカーではなく、平和をテーマに話を聞きたいと思ったことがオシム氏を動かしたのかもしれません。きっと恩師オシム監督に会いに行きたいサッカー選手も沢山いたと思います。人生の貴重な時間を私のために割いてくれたことに感謝と使命感を感じながら話を聞きました。

 オシム氏の言葉の数々に心を打たれました。

「サラエボが魅力的だったのは、各民族が共存する多様性があったからだ。サッカーの美しさは、多種多様な個性がそれぞれの強みを見つけ、磨き上げ、一体になることだ。私はそれをサラエボから学んだ」

 国家分裂の危機に瀕したユーゴスラビアをワールドカップでベスト8に導き、レアル・マドリードなどの強豪チームからのオファーを断り続け、弱いチームを劇的に変える数々の奇跡を見せてきた名監督だからこその言葉の重みを感じました。オシム氏の生き方自体が、大国、あるいは力のあるチームが意のままに世界を操ろうとする世界の現状への強烈な問題提起と感じました。また、米国主導のデイトン和平合意によってボスニア内戦は終結(1995年)したものの、国家が分断され民族の和解が進まない状況に心を痛めていることが伝わってきました。

 オシム氏の奥さん(アシマさん)からは日本がアメリカから武器の購入を増やすことについてどう思うかと聞かれました。私は紛争解決のための仲介や、和解の促進に寄与する日本を目指しているので、そのためには中立と思われることが不可欠。軍事的脅威を与える国になるとその可能性を放棄することになるので反対と答えると、二人は、「その通り!」と強く同意し、オシム氏が仲介者として信頼され、サッカー連盟の統一に寄与できたのも中立だったからだと強調していました。

 オシム氏がユーゴスラビア代表監督だった時は、まさにユーゴスラビアが内戦に突入し、国家が分裂を始めた時期です。民族主義者やマスコミからは自分たちの民族の選手を使えと、すさまじい圧力がありながら、終始一貫フェアな態度を貫いた勇気を多くの人々が知っています。また、サラエボが包囲され多くの市民が命を落とす中、祖国に帰れないオシム氏と、自分だけがサラエボから出るわけにはいかないと苛烈な生活を耐え抜いた夫人は、生死さえも確認できない時期が長く続きました。だからこそ、平和を願う気持ちの強さ、サッカーを通した民族融和への二人の思いは心に刺さりました。

 アシマさんはオシム氏がサラエボ大学で数学を専攻していた、貧しい、しかし際立って優秀な学生だった頃の家庭教師の生徒。彼女によればオシム氏は計算が苦手で、監督として契約する時に契約金額を聞いたことがないそうです。レアル・マドリードなどの有名クラブから高額とされるオファーをもらった際も金額の話は一切していないとのことでした。

 民族の壁を超えた英雄でもあるオシム氏。会話の途中にもファンが何度も握手に訪れました。30分も会えればありがたいと思っていたのですが、途中からはグラッパ(イタリア版ブランデー)を勧められ、3時間にわたってお話しすることができ、まさに珠玉の時間になりました。もう2度と撮れないオシム氏との写真、全てアップします。





 









天国で安らかな眠りにつかれますよう、お祈りいたします。




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