自然を尋ねる人

自然の素晴らしさ、豊かさ、人と自然の係わり合いを求めて!自然から私たちにくれる贈り物を見つけるために今日も歩く。

情熱

2010-12-02 18:24:02 | Weblog
堂々川の今昔を執筆するためにあちらへうろうろ、こちらでパチリ
こんなことばかりしているから我が田んぼは草、草で見るのも気の毒である。

我が情熱から見ていただく。


電線をも溶かすこの情熱
しかし沈むのは早い


堂々川の歴史を色々な角度から取材しているが
知らないことが多い。先人や長老の言葉は重みがあることが良くわかった。
南北朝、戦国時代から江戸の初めまであった神辺城
その神辺城から艮の方角に位置し、堂々川のそばにあった艮神社
神社のそばには樹齢500年(菅茶山師の漢詩集にある)の松があった。


事情があったようで
艮神社は下御領八幡神社に移動して鎮座している

この付近にあったようだが
昭和30年代から40年の初めに枯れ切られている


昨日1日その場所を尋ねたらなぜかヒレンジャク?が同じようにやってきていた。
アムール川辺りで夏を過ごす渡リ鳥と聞いている。



珍しい鳥、あまりにも調子が良いので以前から探していた江戸時代の豪農、
相原家の跡を再度探索してみた。
昔の下御領村と上御領村の境あたりの山中に墓石群を探し当てた。


天王社神社からけもの道をたどり50mほど登る

江戸時代の年号がはっきり読める

この山地 東西、南北各1kmの地主?


江戸時代この地域の産業発展等に寄与したが本家は今は無い。
現在下御領生産森林組合の管理地約100haの99.9%がこの家の屋号
米道が番地に残っている。堂々川砂留の6番辺りは米道地番である。

このようなことを調べて何になるのと聞かれそうだが
ただの趣味、趣味なのです。
少しだけ私、良く知っているでしょうと自慢したい気持ちはあるが!
と言うわけで田圃は放置したままなのだが
2日、仲間3人と黒豆の収穫を始めた。
7月から放置したまま、草は伸びたまま
そのおかげで今年の夏の暑さの乾燥から逃れ、他の人より収穫が多いみたい。
何が幸いになるのか不思議である。



草を刈り、ハゼを作り黒豆をかけて行く。



刈った草は良く乾いているので火をつけた。



そばにはセキレイがやってきて何かをついばんでいる



少し前ならこの鳥の尾を見て、
27回目の尾も白いと茶化すのであるが今は16が主流になっているのでやめる。
作業が終わった頃からポツリ、ぽつり空から水が落ちてきた。
氷がはりだしたこの時期まだカエルがいるなんて!
帰るところがないのか、
今まだ草を刈られていないので草刈り機の音を聞いてひっくりカエルように飛び出したのか
わからないが飛びはねて草の中に消えていく。



オイオイ待てよ、草の中は危ないよ、これから火をつけるから!
雨だよ、一緒にかえろうよ。
帰る芭蕉は違うが!
君はカエル飛びこむの方へ行けよ!水の音を聞いたら安心するから、ばいばい。