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整形外科のリハビリ


21日、腰の痛みが治まってきたので整形外科のリハビリに出かけた。
美人の看護士さんが腰をさすってくれるのだろうか。
少し期待しながら出かけたのだ。

受付を済ますと「こちらにどうぞ」とベッドにうつぶせにされる。
それなりの若い女性の療法士さんだ。
「低周波を当てますね」と言い腰の湿布をはがして機械を当てる。
機械のビリビリ感が気持ちよい。
ビリビリの後はいすに座らされて後ろから腰の辺りを暖められる。
それが終わると、いす式のマッサージ機にベルトで締められた。
機械が「始めます」などと言い、いすが後ろに回転する。
体が上向きになると上半身は上に下半身は下に引っ張られるのだ。
10回ほど繰り返して、機械が「終わります」と言い終了。
このリハビリの流れ作業は、以上の3種類を通して30分ほどだ。
別の療法士さんから、しばらくは続けて通うように言われた。
療法士さんの仕事は機械操作の係員のようだ。

腰痛以来、ほとんど動かずにテレビと仲良くし猫と遊んでいた。
3食昼寝のぐうたら生活を続けたので2キロ太っていた。
昨夜のこと、家にあった血圧計で測ってみると、やや高血圧らしい。
「飲みに行くのをやめたら」とタヌキが言ったらしいが聞こえないふりをする。

今日は雨も降っていて涼しくなった。暑さ寒さも彼岸まで。
これから親戚の所へ行って線香をあげてくる。
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いつものスナックに行けない訳


11日の朝から腰痛。
テレビ番組の腹をへこます運動を真似ていた。
その時は何事もなかったが、次第に腰が痛くなってきた。
そのうち治るだろうと思っていたが、午後には立つこともつらい。
座っても横になってもつらい。
特にトイレでは、パ○ツを下ろす時が痛い。

翌日、行かなくてはならない会合に行く。
障害者用の駐車場がいっぱいで、一般の駐車場に車を置いた。
その日に限って混んでいて、奥の方に止めた。
普段なら2、3分で会場に着くところだが、10分程かけて歩いた。

その後、予定していた東京散歩にも行けず、プールにも行けない。
14日、ついに近くの整形外科に行った。
レントゲン写真を見て「腰の骨が前後に6ミリすれていますよ」と医者が言う。
困ったことになった。痛みが収まったら週3回のリハビリを勧められた。

畑の種まきもできず、日曜日の体育祭も同窓会も欠席だ。
何よりも残念なのは、いつものスナックに行けないこと。
実は、昨夜も飲み友達から「出てこないか」と誘いがあったのだ。

店のマスター、これ読んでる?
今夜行けないのは、そういう訳で、他の店ではありません。
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浅草待乳山聖天と今戸神社


灼熱の日々がやっと過ぎ、今日は少しだけ恵みの雨が降った。
先週末の30日、熱風を逃れて東京散歩に出かけた。
我が地より東京の方が3、4度は低いのだ。
地元で行くべき集いが夕方からある。なので今回は近くの浅草方面。
テレビで何回か紹介されていた待乳山聖天に決め、電車に乗る。

約1時間で浅草駅に到着。喫煙所でタバコを吸ってから歩き出す。
隅田川に沿って北に歩くこと15分、待乳山に到着する。
ここは小高くなっていて江戸時代は名高い眺望の地だったという。

西麓の入口左手に「池波正太郎生誕地」の碑があった。
池波ファンの一人として嬉しい出会いだ。
境内のそこここに、二本の二股大根が交差したものと巾着のデザインが見られる。
大根は夫婦和合、巾着は金運を表すという。
祀られている聖天は、実に庶民的な仏様とみえる。

境内を散策した後、直ぐ北にある今戸神社に向かう。
途中「いまどばし」と書かれた橋柱があるが川がない。
川筋であったと思われる所は山谷堀公園となっていて吉原の方に続いている。
江戸の旦那衆は、ここを通ったのだろうか。

歩いて2、3分で今戸神社の入口に着く。
神社の左手に石造りの2体の招き猫が迎えてくれる。
「石のなで猫」と注釈がある。
なでた後に携帯に待ち受けにし、毎日祈ると願いが叶うらしい。
独身と思われる少し年増の女性が、真剣に何枚も撮影していた。
親父も心の中で同情したことは言うまでもない。

本殿の中にも大きな招き猫が2体あり、ここが招き猫発祥の地であることを示す。
さらに狛犬近くに今戸焼き発祥の地、沖田総司終焉の地の碑も建っていた。

まだ時間があるので雷門に戻り、門前にできた「浅草文化観光センター」に寄る。
受付の美人に見とれていたら、「何かご用ですか」と言う。
とっさに「この辺の地図はありますか」と言っていた。
美人は地図を渡してくれてから「8階が展望室になっています」と言う。
早速行ってみると、眺望が良い。現代の待乳山と言える。
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