◆撮影:2013年7月14日、八ヶ岳(大同心ルンゼ)にて
(イワベンケイ)
2013年10月21日(月)
『山岳事故』
<漫然とした精神で自然と対峙>
何ゆえ山岳事故を起こしてしまったのだろうと思考するとき、「我が身体の老齢化に対する認識不足」「自身が山岳事故を起こすことは絶対にあり得ないという慢心の気持ち」「自然への畏敬の念の絶対的な不足」などを掲げることができるのではないだろうか。
今夏毎朝6時台に6.4kmを約40分程で懸命に走った後に、前屈姿勢ができないくらいに腰が痛んだことを、またその後に、疲労の所為で眠たくなり、PC前での僅かな事務作業に集中できない時間があったことなどを思い出す。今になって考えるとそれらはまさに、64歳という年齢が発していた警鐘だったのかもしれない。
また、私市の森中を疲労困憊の態で遮二無二走っていたのも事実で、森中を駆けることを自身の精神的愉楽と心身を鍛えることを目的としているつもりであった筈が、実はそれはもしかすれば、ただ身体を傷めつけていたに過ぎないのではないかと思えてならない。そしてそれらの警鐘に気付かない儘に山に行き、起こすべくして滑落事故を起こしてしまったのではないだろうか。
自身の年齢を考えるとき、如何なる山中であっても危険と紙一重の処に自身が居るということを常に念頭に置き、体力面でも時間面でも、そして天候面でも、十分なる余力を持って行動しなければならない。従前僕は、自然への想いに甘さがあり漫然とした精神で自然と対峙していたのだろう。
一旦事故を起こしてしまうと、数多の人々に迷惑を掛けてしまうということを、今回の滑落事故で僕は認識することとなった。今後山に行くことが出来るようになった暁には、あらゆることに注意を払い、常に慎重に行動しなければならない。