2003年地図をみて旧宇品駅はこの辺かなと思ったのですが、よくわからず、また、広島市内に設置の他の原爆被災説明板の形をしていなかったからか節穴の目のわたしは最初わからなかったのです。
広島陸軍糧秣支廠倉庫壁の一部が保存されている根際に設置されていました。
フェンスに囲まれていたのでフェンスを乗り越えてしか近づけなかったここ広島陸軍糧秣支廠倉庫・原爆被災説明板だったのです。
2010年12月交流ウォーク下見で訪ねた時、この辺りが整備されすっかり変わっていました。
広島陸軍糧秣支廠倉庫・原爆被災説明板や旧陸軍糧秣支廠倉庫の壁の一部が残されたモニュメントへ誰もが近づけ見ることが出来るようになっていました。
今回、HPを引越していますので、2003年と2010年との違いがわかる画像を追加し、頁を再編集しました。
広島陸軍糧秣支廠倉庫・原爆被災説明板
広島ぶらり散歩「原爆被災説明板一覧」編
広島陸軍糧秣支廠倉庫壁の一部が保存されている根際に設置されていました。
フェンスに囲まれていたのでフェンスを乗り越えてしか近づけなかったここ広島陸軍糧秣支廠倉庫・原爆被災説明板だったのです。
2010年12月交流ウォーク下見で訪ねた時、この辺りが整備されすっかり変わっていました。
広島陸軍糧秣支廠倉庫・原爆被災説明板や旧陸軍糧秣支廠倉庫の壁の一部が残されたモニュメントへ誰もが近づけ見ることが出来るようになっていました。
今回、HPを引越していますので、2003年と2010年との違いがわかる画像を追加し、頁を再編集しました。
広島陸軍糧秣支廠倉庫・原爆被災説明板
広島ぶらり散歩「原爆被災説明板一覧」編