09.3/2 314回
【行幸(みゆき)の巻】 その(12)
源氏は、ことのついでにも、夕霧のことは口に出されません。
「ひとふし用意なしと思しおきてければ、口いれむことも人わろく思し留め、かの大臣はた、人の御気色なきに、さし過し難くて、さすがにむすぼほれたる心地し給ふけり」
――源氏は、夕霧と雲井の雁の事件については、ひとつに内大臣に至らぬ所があると思い込んでおられますので、口にするのも見苦しいと思い留め、一方、内大臣は、源氏が何も仰らないのに、差し出がましく申し上げるのもはばかられ、どちらも矢張り打ち解け切れぬ思いでいらっしゃいます――
源氏は、大宮のご病気もさほどではないご様子に、
「必ず聞こえし日違へさせ給はず、渡り給ふべき由、聞こえ契り給ふ」
――それでは、前に申し上げました裳著の日に間違いなくお出でくださるよう、お約束されました――
控えておりました君達は、お二人のご機嫌の良さに、源氏から内大臣に、何かお役のお譲りがあるのだろうかと、勘違いして、まさかあのようなこととは思いもよらないことでした。
内大臣は、思いもかけない事とて、娘に早く逢いたいものだとお思いになりますが、いろいろと思いが混じり合っても来るのでした。
「ふとしか受け取り親がらむも、便なからむ、尋ね得給へらむ初めを思ふに、定めて心清う見放ち給はじ、やむごとなき方々を憚りて、うけばりてその際にはもてなさず、さすがにわづらはしう、物の聞こえを思ひて、(……)」
――そう急に受けとって親らしい顔をするのも良くなかろう。源氏が捜し出してお引き取りになったその時のことを考えますと、源氏のことゆえ、そのまま手もつけずにおいでになったとも思えない。ほかのご立派な女君の手前を遠慮なさって、同じようにはお扱いになれず、さすがに何かと煩わしく思われて、実の親に打ち明けなさったのではあるまいか。(そう思いますと口惜しくもありますが、娘が源氏に愛されたとしても何も疵にはなるまい。源氏のお側に置かれようと、宮中に宮仕えに差し出されようと、源氏のお定めになることに、背くこともできまい。――
このお話がありましたのは、二月朔日(きさらぎ ついたち)の頃でした。
ではまた。
【行幸(みゆき)の巻】 その(12)
源氏は、ことのついでにも、夕霧のことは口に出されません。
「ひとふし用意なしと思しおきてければ、口いれむことも人わろく思し留め、かの大臣はた、人の御気色なきに、さし過し難くて、さすがにむすぼほれたる心地し給ふけり」
――源氏は、夕霧と雲井の雁の事件については、ひとつに内大臣に至らぬ所があると思い込んでおられますので、口にするのも見苦しいと思い留め、一方、内大臣は、源氏が何も仰らないのに、差し出がましく申し上げるのもはばかられ、どちらも矢張り打ち解け切れぬ思いでいらっしゃいます――
源氏は、大宮のご病気もさほどではないご様子に、
「必ず聞こえし日違へさせ給はず、渡り給ふべき由、聞こえ契り給ふ」
――それでは、前に申し上げました裳著の日に間違いなくお出でくださるよう、お約束されました――
控えておりました君達は、お二人のご機嫌の良さに、源氏から内大臣に、何かお役のお譲りがあるのだろうかと、勘違いして、まさかあのようなこととは思いもよらないことでした。
内大臣は、思いもかけない事とて、娘に早く逢いたいものだとお思いになりますが、いろいろと思いが混じり合っても来るのでした。
「ふとしか受け取り親がらむも、便なからむ、尋ね得給へらむ初めを思ふに、定めて心清う見放ち給はじ、やむごとなき方々を憚りて、うけばりてその際にはもてなさず、さすがにわづらはしう、物の聞こえを思ひて、(……)」
――そう急に受けとって親らしい顔をするのも良くなかろう。源氏が捜し出してお引き取りになったその時のことを考えますと、源氏のことゆえ、そのまま手もつけずにおいでになったとも思えない。ほかのご立派な女君の手前を遠慮なさって、同じようにはお扱いになれず、さすがに何かと煩わしく思われて、実の親に打ち明けなさったのではあるまいか。(そう思いますと口惜しくもありますが、娘が源氏に愛されたとしても何も疵にはなるまい。源氏のお側に置かれようと、宮中に宮仕えに差し出されようと、源氏のお定めになることに、背くこともできまい。――
このお話がありましたのは、二月朔日(きさらぎ ついたち)の頃でした。
ではまた。