永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(341)

2009年03月30日 | Weblog
09.3/30   341回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(12)

「正身はいみじう思ひしづめて、らうたげに寄り臥し給へりと見る程に、にはかに起きあがりて、大きなる籠の下なりつる火取を取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さと浴びせかけ給ふ程、人のややみあふる程もなう、あさましきに、あきれてものし給ふ。」
――ご当人の北の方は、可憐なさまで、物に寄り臥しておられると見る間に、急に起き上がられて、伏籠の中にある火取をお取りになって、髭黒大将の後ろからさっと浴びせかけられます。侍女たちがあっという間もなく、恐ろしい出来事に、大将はただ呆然となさった――

「さる細かなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれて物も覚えず。払い棄て給へど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎ給ひつ。現心にてかくしたまふぞ、と思はば、また顧りすべくもあらずあさましけれど、例の御物の怪の、人に疎ませむとするわざ、と御前なる人々も、いとほしう見奉る」
――その細かな灰が目にも鼻にも入って、大将はぼうっとしておられます。灰を払いますが余りに沢山で、衣装も脱いでしまわれました。正気でこのようなことをなさったのならば、大将は二度と見向きもせず浅ましいとも思われますが、例の物の怪が北の方を疎ませようとする業なので、お側の人々もお気の毒なことと思うのでした――

 女房たちが大急ぎで大将の着替えをなさいますが、灰だらけで、髪の鬢にまで白く入り込んでしまいましたので、とても華美を尽くされた六条院の玉鬘の許へは、このまま参上なさる訳にもいきません。大将は、

「心違いとはいひながら、なほめづらしう見知らぬ人の御有様なりや、と爪弾きせられ、うとましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、(……)呼ばひののしり給ふ声など、思ひ疎み給はんに道理なり」
――ご病気とはいうものの、やはりめったに見ることもない北の方のご様子だ、と、不愉快そうに爪など弾いて、疎ましさに不憫な人よと思う心も消えてしまい、(今、事を荒立てては大事件になりそうだと心を落ち着けて、夜中ではありましたが、僧を呼んで加持祈祷をおさせになるという具合でした)北の方がわめき叫ぶお声などをお聞きになれば、髭黒大将が愛想をつかされますのも、もっともだと思うでしょう。――

 この夜一晩中、北の方は加持の僧に打たれたり、引きずられたりして、明け方になってやっとお疲れもあって静かに横に臥しておられる時を見計らって、大将は玉鬘の許に文を差し上げます。

◆ややみあふる程=やや・見合ふる程=あっと互いに見合わせる間も

◆おぼほれて=惚ほれて=本心を失う、ぼんやりする

ではまた。


源氏物語を読んできて(火取)

2009年03月30日 | Weblog
火取(ひとり)

 香を焚くための道具。

 写真の下に見える黒い部分を火取母(ひとりも)と言い、直径が約22cmの八葉形入隅の木製の器で、内側は銅または陶器で作られています。
この火取母の中に、銅や銀などの金属 あるいは陶器製の薫炉(「火入れ」とも)を入れ、その中で香を焚きます。また、火取母の上には、高さが約30cmほどの釣り鐘形の火取籠(「火屋(ほや)」とも)をかぶせます。

◆写真:火取  風俗博物館