09.3/22 333回
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(4)
源氏は、玉鬘がもう大将のものになってしまわれた以上、今更、無理な恋路に深入りしてはとお思いになりますが、いっそわがものにと思い詰められたあの頃を思い出されて、やはりさっぱりとは諦めきれないようでございました。
源氏は、髭黒大将が不在中に玉鬘のお部屋にお出でになりました。
「女君、あやしうなやましげにのみもてない給ひて、(……)御几帳にはた隠れておはす」
――女君(玉鬘)は、ご気分も優れないようで、うつうつとしていらっしゃって(このような成り行きに時折涙をこぼして嘆いておられましたが、源氏がお見えになったというので、少し起き上がって)几帳に隠れるようにしていらっしゃる――
「殿も、用意ことに、すこしけけしき様にもてない給ひて、大方の事どもなど聞こえ給ふ。すくよかなる世の常の人にならひては、まして言ふ方なき御けはひ有様を見知り給ふにも、思ひの外なる身の、置き所なくはづかしきにも、涙ぞこぼれける」
――殿(源氏)も、お心配りをなさって、改まったご様子で、世間並のお話をなさいます。女君は最近、大将の生真面目で面白味のない様子を見て暮らしていましたので、
源氏の言いようのないご立派さを目になさって、思いがけない運命のご自分が恥ずかしく、それにつけても涙がこぼれるのでした――
お二人は、次第に親しくお話をされてゆくうちに、源氏は少し几帳の中を覗くようにしてご覧になりますと、玉鬘は面やつれながらまことにお美しく、
「見まほしう、らうたい事の添ひ給へるにつけても、余所に見放つも余りなる心のすさびぞかし、と口惜し」
――抱きしめたいほどになつかしく、愛らしさも増してお見えになるにつけても、このような方を人に譲ってしまったとは、余りにも気紛れなことであったと、口惜しくてならない――
源氏の(歌)
「おりたちて汲みは見ねどもわたり川人のせとはた契らざりしを」
――男女の契は結ばなかったけれど、三途の川をあなたが渡る時、人に手を執らせようとは思わなかったのに――
「まめやかには思し知ることもあらむかし。世に無き痴れぢれしさも、また後安さも、この世に類なき程を、さりともとなむたのもしき」
――真面目にお考えになると、思い当たることがおありでしょう。機会はありながら、あなたをわがものにしなかった私の馬鹿さ加減も、またそれによって安心なことも、世に類のない程ですから、あなたもさすがに知って下さるでしょうと、気強くおもいます――
玉鬘は、どうしようもなく聞き苦しく思っておられるようですので、源氏は話を別に移されます。
◆けけしき様=改まった様子
ではまた。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(4)
源氏は、玉鬘がもう大将のものになってしまわれた以上、今更、無理な恋路に深入りしてはとお思いになりますが、いっそわがものにと思い詰められたあの頃を思い出されて、やはりさっぱりとは諦めきれないようでございました。
源氏は、髭黒大将が不在中に玉鬘のお部屋にお出でになりました。
「女君、あやしうなやましげにのみもてない給ひて、(……)御几帳にはた隠れておはす」
――女君(玉鬘)は、ご気分も優れないようで、うつうつとしていらっしゃって(このような成り行きに時折涙をこぼして嘆いておられましたが、源氏がお見えになったというので、少し起き上がって)几帳に隠れるようにしていらっしゃる――
「殿も、用意ことに、すこしけけしき様にもてない給ひて、大方の事どもなど聞こえ給ふ。すくよかなる世の常の人にならひては、まして言ふ方なき御けはひ有様を見知り給ふにも、思ひの外なる身の、置き所なくはづかしきにも、涙ぞこぼれける」
――殿(源氏)も、お心配りをなさって、改まったご様子で、世間並のお話をなさいます。女君は最近、大将の生真面目で面白味のない様子を見て暮らしていましたので、
源氏の言いようのないご立派さを目になさって、思いがけない運命のご自分が恥ずかしく、それにつけても涙がこぼれるのでした――
お二人は、次第に親しくお話をされてゆくうちに、源氏は少し几帳の中を覗くようにしてご覧になりますと、玉鬘は面やつれながらまことにお美しく、
「見まほしう、らうたい事の添ひ給へるにつけても、余所に見放つも余りなる心のすさびぞかし、と口惜し」
――抱きしめたいほどになつかしく、愛らしさも増してお見えになるにつけても、このような方を人に譲ってしまったとは、余りにも気紛れなことであったと、口惜しくてならない――
源氏の(歌)
「おりたちて汲みは見ねどもわたり川人のせとはた契らざりしを」
――男女の契は結ばなかったけれど、三途の川をあなたが渡る時、人に手を執らせようとは思わなかったのに――
「まめやかには思し知ることもあらむかし。世に無き痴れぢれしさも、また後安さも、この世に類なき程を、さりともとなむたのもしき」
――真面目にお考えになると、思い当たることがおありでしょう。機会はありながら、あなたをわがものにしなかった私の馬鹿さ加減も、またそれによって安心なことも、世に類のない程ですから、あなたもさすがに知って下さるでしょうと、気強くおもいます――
玉鬘は、どうしようもなく聞き苦しく思っておられるようですので、源氏は話を別に移されます。
◆けけしき様=改まった様子
ではまた。