永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(335)

2009年03月24日 | Weblog
09.3/24   335回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(6)

「女君、人におとり給ふべきことなし。(……)あやしう執念き御物の怪にわづらひ給ひて、この年頃人にも似給はず、現心なき折々多くものし給ひて、御中もあくがれて程経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひ聞こえ給へるを」
――北の方としましても、決して劣るような方ではありません。(あれほど高貴な親王でいらっしゃった父宮の式部卿の宮が大切にお育てになって、世間の信望も重く、ご器量も美しく、ご様子も良くていらっしゃいましたのに)怪しくしつこい物の怪(もののけ)に取りつかれてからというもの、ここ数年は常の人のようではなく、ともすれば正気を失っていらっしゃることも多いのでした。自然ご夫婦仲も離れ離れのまま長い間になりますが、それでも髭黒大将は正妻として誰よりも大事にされておりましたのに――

 珍しく心の移った方(玉鬘)が、稀なほどご立派な上に、源氏との御仲も清らかなままであったことなど、感激もひとしおで、ますます御執心になることもこれもまた当然のことでした。

 御父の式部卿の宮がこのことをお聞きになって、

「今はしか、今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人わろくてそひ物し給はむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人わらへなるさまに従ひ靡かでも、ものし給ひなむ」
――今更、華やかな人を引き取って大切にしている片隅に、見苦しく北の方が纏わりついているのも外聞が悪いだろう。私の存命中は、そんな笑い者になってまで大将に従っていることもあるまい――

 と、おっしゃって、宮邸の東の対を整えてお迎えになろうとされますが、北の方は、

「親の御あたりといひながら、今はかぎりの身にて、たち返り見え奉らむ事」
――いくら親の家だといっても、今は人の妻になっている身で、再び実家に戻って親に顔を合わせるなどとは――

 と、煩悶なさっていますと、一層狂おしくなって、ずっとそのまま病床に臥しておられます。北の方は本性はごく物静かで、気立ても良くおっとりしている方ですが、時々物の怪のために発作を起こして、人に疎まれるようなこともおありになるのでした。

ではまた。