永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(340)

2009年03月29日 | Weblog
09.3/29   340回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(11)

 北の方は、大将のお話をお聞きになって、

「立ちとまり給ひても、御心の外ならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。余所にても、思ひだにおこせ給はば、袖の氷も解けなむかし」
――お出かけにならぬとしても、ご本心が他所に行ってしまっているのでしたら、却って辛うございます。余所に行っていらしても思い出していて下さるのでしたら、涙にぬれた袖の氷も解けることでしょう――

 などと、穏やかにおっしゃって、北の方は、香を焚きしめる為の香爐を取出されて、大将のご衣裳に、いっそう香を薫きしめて差し上げています。ご自分は糊気の失せたお召物を繕わずに着ている常着のままで、細々と弱々しく、泣き腫らした御目もあはれに沈み入っておいでになるのが、いかにもお痛わしい、とも大将はお思いになるものの、

「いとあはれと見る時は、罪なうおぼえて、いかで過ぐしつる年月ぞ、と、名残なううつろふ心のいと軽きぞや、とは思ふ思ふ、なほ心げさうは進みて、そら歎きをうちしつつ、なほ装束し給ひて、ちひさき火取りよせて、袖に引き入れてしめ居給へり。」
――(北の方を)可愛いと思ったときは何も気にならず、よくもまあ、長い年月一緒に暮らしてきたものだ、それなのにこうしてすっかり玉鬘に移った心の何と軽率なことよ、と思い思い、やはり玉鬘の方に心惹かれて逢いたい気持ちは募るばかり。大将はわざと億劫そうに溜息をつくふりをしながら、やはり衣装を調えて、小さい火取を引きよせて、袖に香を薫きしめていらっしゃる。――

 大将のご様子は、かの比類ないご容姿の源氏には劣るものの、なかなかご立派です。供人の詰所では、お出掛へのご催促の咳払いなどが聞こえます。侍女で髭黒大将の愛人たちの中将や木工などは「なんと情けないこと」と歎きがちに臥しております。

◆写真:衣裳に香を薫きしめる。 風俗博物館

ではまた。