09.3/23 334回
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(5)
源氏は玉鬘に、
「内裏に宣はすることなむいとほしきを、なほあからさまに参らせ奉らむ。おのがものと領じ果てては、さやうの御まじらひも難げなめる世なめり。思ひそめ聞こえし心は違ふさまなめれど、二条の大臣は心ゆき給ふなれば、心安くなむ」
――帝の仰せもお気の毒ですから、矢張り形だけでも参内おさせしましょう。髭黒大将が貴女を自分のものとし切って、指もささせないようになってからでは、宮仕えなど難しいでしょうから。宮仕えの後から結婚を、と考えていましたようには行きませんでしたが、内大臣は満足されていらっしゃるようですから、安心です――
玉鬘は恥ずかしくて、また大そう沈み込んでいられますので、源氏はこれ以上近づくことはなさらず、ただ今後のご教示などお話なさったのでした。もちろん髭黒大将の邸にお移りになることを、急にはお許しにはならないご様子です。
髭黒の大将は、玉鬘の参内を快くは思われませんが、
「かく忍びかくろへ給ふ御ふるまひも、ならひ給はぬ心地に苦しければ」
――こうしてこっそり六条院の玉鬘の対へ忍んでいくということも、経験のない心地としては苦しいので――
それを機会に、そのまま自邸に退出おさせしようと考えつかれてからは、お屋敷の修理もさせて準備をなさるのでした。
「北の方の思し歎くらむ御心も知り給はず、かなしうし給ひし君達をも、目にもとめ給はず、なよびかに、情け情けしき心うちまじりたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人の為、はぢがましからむ事をば、おしはかり思ふ所もありけれ、ひたおもむきにすくみ給へる御心にて、人の御心うごきぬべきこと多かり」
――(髭黒大将は)北の方がこの事に思い嘆いておられるのも察せず、可愛がっていた御子達にも、目に留まらない有様で、ものやわらかで、愛情深い心のある人なら、何かにつけて人の恥になるようなことは避けるものですのに、大将はただ一徹な性格で、北の方の気に障るお振る舞いも多いのでした――
◆かなしうし=愛しうす=可愛がる、愛おしむ。
◆なよびかに=人柄の優しいさま
◆情け情けし=いかにも情愛が深い
◆ひたおもむきに=直趣に=ひたすら一つのことに向かうこと。いちずなこと。
ではまた。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(5)
源氏は玉鬘に、
「内裏に宣はすることなむいとほしきを、なほあからさまに参らせ奉らむ。おのがものと領じ果てては、さやうの御まじらひも難げなめる世なめり。思ひそめ聞こえし心は違ふさまなめれど、二条の大臣は心ゆき給ふなれば、心安くなむ」
――帝の仰せもお気の毒ですから、矢張り形だけでも参内おさせしましょう。髭黒大将が貴女を自分のものとし切って、指もささせないようになってからでは、宮仕えなど難しいでしょうから。宮仕えの後から結婚を、と考えていましたようには行きませんでしたが、内大臣は満足されていらっしゃるようですから、安心です――
玉鬘は恥ずかしくて、また大そう沈み込んでいられますので、源氏はこれ以上近づくことはなさらず、ただ今後のご教示などお話なさったのでした。もちろん髭黒大将の邸にお移りになることを、急にはお許しにはならないご様子です。
髭黒の大将は、玉鬘の参内を快くは思われませんが、
「かく忍びかくろへ給ふ御ふるまひも、ならひ給はぬ心地に苦しければ」
――こうしてこっそり六条院の玉鬘の対へ忍んでいくということも、経験のない心地としては苦しいので――
それを機会に、そのまま自邸に退出おさせしようと考えつかれてからは、お屋敷の修理もさせて準備をなさるのでした。
「北の方の思し歎くらむ御心も知り給はず、かなしうし給ひし君達をも、目にもとめ給はず、なよびかに、情け情けしき心うちまじりたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人の為、はぢがましからむ事をば、おしはかり思ふ所もありけれ、ひたおもむきにすくみ給へる御心にて、人の御心うごきぬべきこと多かり」
――(髭黒大将は)北の方がこの事に思い嘆いておられるのも察せず、可愛がっていた御子達にも、目に留まらない有様で、ものやわらかで、愛情深い心のある人なら、何かにつけて人の恥になるようなことは避けるものですのに、大将はただ一徹な性格で、北の方の気に障るお振る舞いも多いのでした――
◆かなしうし=愛しうす=可愛がる、愛おしむ。
◆なよびかに=人柄の優しいさま
◆情け情けし=いかにも情愛が深い
◆ひたおもむきに=直趣に=ひたすら一つのことに向かうこと。いちずなこと。
ではまた。