09.3/28 339回
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(10)
「この御気色も、憎げにふすべうらみなどし給はば、なかなかことつけて、われもむかへ火つくりてあるべきを、いとおいらかにつれなうものし給へるさまの、いと心苦しければ、いかにせむと思ひ乱れつつ」
――北の方のご様子が、憎らしげで、嫉妬で恨むような仕草でもなさっていらっしゃるなら、却ってそれを口実にこちらも意地を張って出て行くものを、今日の北の方は至極穏やかで、静かな様子でおられますので、それがお気の毒で、大将は、どうしたものかと思案しつつ――
大将が、格子を上げて、端近くに外を眺めていらっしゃる。北の方は髭黒大将の様子をご覧になって、
「あやにくなめる雪を、いかで分け給はむとすらむ。夜も更けぬめりや」
――生憎な雪で道が大変でございますね。夜も更けたようでございますし――
と、まるで勧めるような口ぶりにおっしゃいます。
「今は限り、とどむとも、と思ひめぐらし給へる気色、いとあはれなり」
――(北の方は)もうこれ以上は止めても無駄なことと、思っておられるご様子が、いかにもいじらしい――
大将は「こんな雪では出かけるのはとても難しい」と言いながらも、
「なほこの頃ばかり。心の程を知らで、とかく人の言ひなし、大臣たちも左右に聞き思さむ事を憚りてなむ、とだえあらむはいとほしき。思ひしづめてなほ見はて給へ。(……)」
――あちらへ通うのも当分の間です。私の本心も知らずに何かと人が取りざたされますし、太政大臣も内大臣もとやかく御案じなさろうかと気にかかるので、あちらへの通いを、途絶えるようなのは気がかりなのです。貴女は気持を鎮めて後々を見ていてください。(玉鬘をここに引き取ってさしあげれば、気兼ねもなくなるものを)――
と、お話しになります。
◆ふすべうらみ=燻べ恨み=ねたみ恨み
◆あやにくなめる雪=意地の悪い雪模様、あいにくな雪
ではまた。
三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(10)
「この御気色も、憎げにふすべうらみなどし給はば、なかなかことつけて、われもむかへ火つくりてあるべきを、いとおいらかにつれなうものし給へるさまの、いと心苦しければ、いかにせむと思ひ乱れつつ」
――北の方のご様子が、憎らしげで、嫉妬で恨むような仕草でもなさっていらっしゃるなら、却ってそれを口実にこちらも意地を張って出て行くものを、今日の北の方は至極穏やかで、静かな様子でおられますので、それがお気の毒で、大将は、どうしたものかと思案しつつ――
大将が、格子を上げて、端近くに外を眺めていらっしゃる。北の方は髭黒大将の様子をご覧になって、
「あやにくなめる雪を、いかで分け給はむとすらむ。夜も更けぬめりや」
――生憎な雪で道が大変でございますね。夜も更けたようでございますし――
と、まるで勧めるような口ぶりにおっしゃいます。
「今は限り、とどむとも、と思ひめぐらし給へる気色、いとあはれなり」
――(北の方は)もうこれ以上は止めても無駄なことと、思っておられるご様子が、いかにもいじらしい――
大将は「こんな雪では出かけるのはとても難しい」と言いながらも、
「なほこの頃ばかり。心の程を知らで、とかく人の言ひなし、大臣たちも左右に聞き思さむ事を憚りてなむ、とだえあらむはいとほしき。思ひしづめてなほ見はて給へ。(……)」
――あちらへ通うのも当分の間です。私の本心も知らずに何かと人が取りざたされますし、太政大臣も内大臣もとやかく御案じなさろうかと気にかかるので、あちらへの通いを、途絶えるようなのは気がかりなのです。貴女は気持を鎮めて後々を見ていてください。(玉鬘をここに引き取ってさしあげれば、気兼ねもなくなるものを)――
と、お話しになります。
◆ふすべうらみ=燻べ恨み=ねたみ恨み
◆あやにくなめる雪=意地の悪い雪模様、あいにくな雪
ではまた。