09.3/15 326回
三十帖【藤袴(ふじばかま)の巻】 その(4)
夕霧は、なまじ恋を打ち明けてしまったことを後悔なさるにつけても、玉鬘より一際お美しいと、ちらっとお見上げした紫の上のご様子を、せめてこの程度の近さで仄かにも、お声だけでも、お聞きしたいものと御心乱しつつ、南の御殿の御父君へご報告にお出でになります。源氏は、
「この宮仕を、しぶげにこそ思ひ給へれ。(……)大原野の行幸に、上を見奉り給ひては、いとめでたくおはしけりと思う給へりき。若き人は、ほのかにも見奉りて、えしも宮仕えの筋もて離れじ。さ思ひてなむ、この事もかくものせし」
――それでは(玉鬘は)この宮仕えに、気乗りしないということかね。…、帝が大原野へ行幸なさったとき、ちらとでもお見上げして、たいそうご立派なご様子と思われたようでした。若い女の身で、ほのかにでもお見上げ申したら、宮仕えを拒むまいと思って、かように取り計らったのだが――
と、おっしゃる。夕霧が、
「さても人ざまは、何方につけてかは、類ひてものし給ふらむ。(……)」
――それにしましても、玉鬘のお人柄では、どの程度の地位がお似合いでしょう。(秋好中宮といい、弘徽殿女御といい、宮中では並ぶ者もない地位にいらっしゃって、そこに立ち並ぶのは、どんなに帝のご寵愛がありましても、困難ではないでしょうか――
と、いやに大人びた風におっしゃる。源氏は「難しいものだ。私の一存でどうにかなるものでもなし、髭黒大将までもが、私を恨んでいるということだ」と、つづけて、
「かの母君の、あはれに言ひおきしことの忘れざりしかば、心細き山里になむと聞きしを、かの大臣はた、聞き入れ給ふべくもあらずと憂へしに、いとほしくて、かく渡しはじめたるなり。ここにかくものめかすとて、かの大臣も人めかい給ふなめり」
――かの玉鬘の母の夕顔が、あわれな遺言をしたことが忘れられなかったので、娘が心細い山里にいるなどとも聞き、また、「実の父君のほうは、世話をしてくだされそうもない」などと訴えてきたので、可哀そうでこうして引き取ることになったのだ。私がこうして大切にしているのを見て、内大臣も人並みの扱いをなさるようになったのだ――
「と、つきづきしく宣ひなす」
――いかにももっともらしく、言い繕っておっしゃいます――
◆ものめかす=物めかす=重んじて扱う。
◆つきづきし=付き付きし=似つかわしい。ふさわしい。
ではまた。
三十帖【藤袴(ふじばかま)の巻】 その(4)
夕霧は、なまじ恋を打ち明けてしまったことを後悔なさるにつけても、玉鬘より一際お美しいと、ちらっとお見上げした紫の上のご様子を、せめてこの程度の近さで仄かにも、お声だけでも、お聞きしたいものと御心乱しつつ、南の御殿の御父君へご報告にお出でになります。源氏は、
「この宮仕を、しぶげにこそ思ひ給へれ。(……)大原野の行幸に、上を見奉り給ひては、いとめでたくおはしけりと思う給へりき。若き人は、ほのかにも見奉りて、えしも宮仕えの筋もて離れじ。さ思ひてなむ、この事もかくものせし」
――それでは(玉鬘は)この宮仕えに、気乗りしないということかね。…、帝が大原野へ行幸なさったとき、ちらとでもお見上げして、たいそうご立派なご様子と思われたようでした。若い女の身で、ほのかにでもお見上げ申したら、宮仕えを拒むまいと思って、かように取り計らったのだが――
と、おっしゃる。夕霧が、
「さても人ざまは、何方につけてかは、類ひてものし給ふらむ。(……)」
――それにしましても、玉鬘のお人柄では、どの程度の地位がお似合いでしょう。(秋好中宮といい、弘徽殿女御といい、宮中では並ぶ者もない地位にいらっしゃって、そこに立ち並ぶのは、どんなに帝のご寵愛がありましても、困難ではないでしょうか――
と、いやに大人びた風におっしゃる。源氏は「難しいものだ。私の一存でどうにかなるものでもなし、髭黒大将までもが、私を恨んでいるということだ」と、つづけて、
「かの母君の、あはれに言ひおきしことの忘れざりしかば、心細き山里になむと聞きしを、かの大臣はた、聞き入れ給ふべくもあらずと憂へしに、いとほしくて、かく渡しはじめたるなり。ここにかくものめかすとて、かの大臣も人めかい給ふなめり」
――かの玉鬘の母の夕顔が、あわれな遺言をしたことが忘れられなかったので、娘が心細い山里にいるなどとも聞き、また、「実の父君のほうは、世話をしてくだされそうもない」などと訴えてきたので、可哀そうでこうして引き取ることになったのだ。私がこうして大切にしているのを見て、内大臣も人並みの扱いをなさるようになったのだ――
「と、つきづきしく宣ひなす」
――いかにももっともらしく、言い繕っておっしゃいます――
◆ものめかす=物めかす=重んじて扱う。
◆つきづきし=付き付きし=似つかわしい。ふさわしい。
ではまた。