礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

半世紀ぶりに新版が出たアベグレンの『日本の経営』

2013-09-19 09:21:34 | 日記

◎半世紀ぶりに新版が出たアベグレンの『日本の経営』

 先日、必要があって、ジェームス・C・アベグレン著、山岡洋一訳の『新・日本の経営』(日本経済新聞社、二〇〇四)を手に取った。
 ジェームス・C・アベグレンは、一九五八年に“The Japanese Factory”という本を書き、これは同年にダイヤモンド社から、『日本の経営』(占部都美監訳)として刊行されている。二〇〇四年の『新・日本の経営』は、それから半世紀近く経って刊行された新版ということになる。『新・日本の経営』の原題は“21st Century Japanese Management Japane”で、英語版の刊行は、二〇〇六年であったようだ(Palgrave Macmillan社)。
『新・日本の経営』を翻訳した山岡洋一氏は、優秀でかつ著名な翻訳家だったが、惜しいことに、二〇一一年に亡くなっている。
 山岡氏は、同書の「訳者あとがき」で、この本について次のように解説している。

 著者のジェームス・アベグレンは研究者として、経営コンサルタントとして、五十年にわたって日本企業の経営をみてきた立場から、意外な事実を明らかにしている。日本で成功している企業がじつは、技術の面では最新のものをとりいれ開発しているが、経営組織という面では日本的な価値観を維持している企業だというのだ。アメリカで流行している最新の経営手法を逸速くとりいれる企業はスマートでかっこ良く、マスコミでもてはやされるが、ほんとうに業績のいい日本企業は、遅れていてかっこ悪いとされている価値観を、ときには言い訳としか聞こえない理屈をつけてまで、愚直に守り通しているというのである。事実はなんとも意外なのだ。
 著者は一九五八年に刊行された『日本の経営』でそう指摘し、五十年近くたったいま、同じ点を指摘している。著者の姿勢は一貫しているし、方法も一貫している。著者はほぼ五十年前に日本的経営の特徴として、終身の関係(いわゆる終身雇用制)、年功序列制、企業内組合をはじめて指摘した。
 このなかでもとくに有名な終身雇用制は、本書でも指摘されているように、とくに誤解されることの多い概念である。翻訳をしていて感じた点だが、誤解の一因は著者がとった方法が十分に理解されていないことにあるように思える。著者が指摘したのは政府なり企業なりが決めた「制度」ではない。「終身の関係」という概念であり、最近の言葉でいえば「モデル」に近く、社会科学の言葉でいえば「理念型」なのだと思う。つまり、複雑で矛盾だらけの社会現象を理解するために作られた概念なのだ。だから、廃止されたり終わったりするようなものではない。問題は現実を理解するための概念として有効かどうかだけである。そして著者は、この概念がいまも有効であることを本書で実証している。
 五十年前といまとでは、著者の論調に違いもある。それは、五十年の間に時代が変わり、日本企業がたえず現実の変化に対応してきたからでもあるが、もうひとつ、想定する読者が違うからだろう。『日本の経営』は主にアメリカの研究者を想定読者としている。そのため、日本の経営の手法、とくにいわゆる終身雇用制を紹介したとき、まったく非合理的な制度だという印象を読者に与えることを十分に意識したうえで、最後の結論部分で、非合理的だとみえる制度が、日本の近代化、工業化という目的に照らせば合理的であることを説明した。それに対して本書は、主に日本の企業関係者を想定読者としているように思える。だから、日本の経営の利点を見失わないように、読者を励ますように書かれていると、本書を翻訳しながら感じた。

 山岡洋一氏の力量をうかがわせるわかりやすい「解説」である。それにしても、ジェームス・アベグレンは、なぜ、半世紀近くも経って、『新・日本の経営』を書いたのだろうか。【この話、続く】

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする