◎蹶起部隊は陸相官邸で川島義之陸相に要求をつきつけた
古谷綱正解説『北一輝「日本改造法案」』(鱒書房、一九七一)の解説〝二・二六事件と「日本改造法案」〟から、「二・二六事件の経過」の節を紹介している。本日は、その二回目。昨日、紹介した部分のあと、改行して、次のように続く。途中に、(中略)とあるのは、原文における中略である。
この日早朝、野中四郎、安藤輝三〈テルゾウ〉、栗原安秀らの青年将校は、それぞれ所属の下士官兵を説得や命令(演習に出るという)によって動員し、歩兵第一、第三、近衛歩兵第三連隊などから、千四百名余りの兵力を出動させた。村中孝次、磯部浅一も、軍服に着かえて、これに加わった。
この部隊は、数隊に分れて、首相官邸、警視庁、あるいは大官の私邸を襲って、斉藤〔実〕内大臣、高橋〔是清〕蔵相、渡辺〔錠太郎〕教育総監を殺し、鈴木〔貫太郎〕侍従長に重傷を負わせた。別動隊は、湯河原に牧野〔伸顕〕伯を襲ったが、牧野伯は逃れて無事だった。また岡田〔啓介〕首相は殺したつもりだったが、これは義弟の松尾伝蔵大佐であって、首相は無事だった。襲撃のあと、部隊は首相官邸、陸軍省、国会議事堂など、永田町の一帯を占領し、陸相官邸で川島義之陸相に要求をつきつけた。
まず香田清貞〈コウダ・キヨサダ〉大尉が、「蹶起趣意書」を読みあげた。
「謹んでおもんみるに我が神洲たる所以は、万世一神たる天皇陛下御統帥の下に、挙国一体生成化育をとげ、終に八紘一宇〈ハッコウイチウ〉を完うするの国体に存す。この国体の尊厳秀絶は、天袓肇国、神武建国より明治維新を経て益々体制を整え、今やまさに万邦に向って開顕進展を遂ぐべきの秋〈トキ〉なり。
然るに頃来〈ケイライ〉ついに不逞凶悪の徒簇出〈ソウシュツ〉して、私心我慾を恣〈ホシイママ〉にし、至尊絶対の尊厳を藐視〈ビョウシ〉し、僣上これ働き、万民の生成化育を阻害して、塗炭の痛苦に呻吟〈シンギン〉せしめ、随って外侮外患日を逐うて激化す。
(中略)
内外真に重大危急、今にして国体破壊の不義不臣を誅戮〈チュウリク〉して、稜威を遮り御維新を阻止し来れる奸賊を芟除〈サンジョ〉するに非ずんば、皇謨〈コウボ〉を一空せん。恰も第一師団出動の大命渙発せられ、年来御維新翼賛の誓い、殉国捨身の奉公を期し来りし帝都衛戍〈エイジュ〉の我等同志は、まさに万里征途に上らんとして、而も顧みて内の世状に憂心うたた禁ずる能わず。君側の奸臣軍賊を斬除して、彼の中枢を粉砕するは我等の任として能く為すべし。臣子たり股肱〈ココウ〉たるの絶対道を今にして尽さざれば、破滅沈淪を飜すに由なし。
茲に同憂同志機を一にして蹶起し、奸賊を誅滅して大義を正し、国体の擁護開顕に肝脳を竭し〈ツクシ〉、以て神洲赤子の微衷〈ビチュウ〉を献ぜんとす。皇祖皇宗の神霊こいねがわくは照覧冥助を垂れ給わんことを。」
そしてこれに続いて、村中と磯部が要望事項を口頭で述べた。
一、事態の収拾を急速に行うと共に、本事態を維新廻転の方向に導くこと。決行の趣旨を陸相を通じて天聴に達せしむること。
二、警備司令官、近衛、第一両師団長及び憲兵司令官を招致し、その活動を統一して、皇軍相撃つことなからしむるよう急速の処置をとること。
三、兵馬の大権を干犯したる宇垣〔一成〕朝鮮総督、小磯〔国昭〕中将、建川〔美次〕中将の即時逮捕。
四、軍権を私したる中心人物、根本博大佐、武藤章中佐、片倉衷〈タダシ〉少佐の即時罷免。
五、ソヴェト国威圧のため荒木〔貞夫〕大将を関東軍司令官に任命すること。
六、各地の同志将校を招致し事態の収拾に当らしむること。
七、蹶起部隊の警備隊編入、現占拠位置より絶対に移動せしめざること。
さらに、このほか本庄〔繁〕、荒木、真崎〔甚三郎〕各大将を初め十九名を陸相官邸に招致することも要望した。【以下、次回】