礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

伊丹万作のエッセイ「カタカナニツイテ」

2013-08-31 08:34:49 | 日記

◎伊丹万作のエッセイ「カタカナニツイテ」

 昨日、大江健三郎編『伊丹万作エッセイ集』(筑摩書房、一九七一)にある「戦争中止ヲ望ム」というエッセイを紹介した。本日は、同書から、「カタカナニツイテ」というエッセイを紹介したい。
 なお、インターネットの青空文庫には、同じタイトルの文章(『日本評論』一九四三年一一月号)があるが、これは、ここで紹介するものとは、同名異文である。

 カタカナニツイテ
 近ゴロ私ハ原稿デモ手紙デモホトンドカタカナデ書ク。健康ナ人ハ気ガツカナイダロウガ、カタカナトヒラガナデハ書クトキノ労力ガタイヘン違ウノデアル。トイッテモ、最初ニ労力ノ節約ヲ考エテカラカタカナニシタワケデハナク、気ガツイテミタライツカカタカナニナッテイタノデアル。コノ場合理窟ノホウガアチデアッタコトハ確カデアル。今ゴロヒラガナトカタカナノ労力ノ差ヲ論ジタリスルト元気ナ人ニ笑ワレルカモシレナイガ、シカシ、タトエ元気ナ人デモ、仰臥〈ぎょうが〉シタママデモノヲ書カナケレノナラヌ場合ニナッタラヤハリカタカナガ書キタクナリハシナイカト思ウ。
 自分ガカタカナヲ書クヨウニナツテ今サラ気ガツイタコトデアルガ、子規ナドモ盛ンニカタカナヲ用イテイル。『仰臥漫録』ダッタカ、一冊全部カタカナデ書イタ本モアルシ、ロンドンノ漱石ニ宛テタ、例ノ「ボクハモウダメニナッテシマッタ」トイウ手紙モカタカナデアル。ソレカラ宮沢賢治ノ有名ナ「雨ニモマケズ」ノ詩モカタカナデ書イテアルノデ、私は、オソラク病床ノ作ダロウト思イ、コノアイダ伝記ヲ調ベテミタラハタシテ予想ドオリデアッタ。子規モ宮沢賢治モオソラク理由ナドハ考エズニ無意識ノウチニカタカナヲ用イタノデアロウガ、ソノ理由ガ私ノ場合ト共通デアッタコトハ疑ウ余地ハナイ。
 コノ問題ノ力学的理論ヅケハ寺田〔寅彦〕博士ガ生キテオラレタラ好個ノ随筆ニナリソウナテーマデアルガ、我々シロウトニモオオヨソノ見当ナラツカナイコトモナイ。スナワチ、ヒラガナノ構成単位ハ曲線デアリ、カタカナノ構成単位ハ直線デアル。シカルニ、曲線ニ動ク仕事ト、直線ニ動ク仕事トデハ、後者ノホウガエネルギーノ消費過程ガ簡単デ、ロスガ少ナイコトハ我々ニモ実感的ニワカル。ソコデツマリハ、ヒラガナノ場合ヨリモカタカナノ場合ノホウガ、ヨリ少ナイエネルギーデ、ヨリ多クノ線ガ引ケルトイウコトニナルノダロウ。
 ナオ、コノウエ、実際ニハ美ノ問題ガ加ワル。特ニヒラガナニオイテハ美ノ問題ノカラミ方ガ複雑デアルカラ、エネルギーノ消費過程モズットメソドウニナル。タトエバ「の」ノ字一ツ書クニシテモ、我々ノ手ノ力ハアラカジメキメラレタ方向ニ向カッテ曲線ヲ画キナガラ、サラニ別ノ力ガコレニ加ワッテ、描線ガ実用ト美ノ法則ニヨッテ規定サレタ適当ナ弧カラハズレルコトノナイヨウニ、絶エズ強イ制動ヲカケテイルコトヲ感ジル。コレハサラニ分析シテミタラ、アル方向ニ働ク力ト、モウ一ツ別ノ方向ニ働ク力トガ、非常ニ短イ時問ノ単位デ交替シナガラ働イテイルノカモワカラナイ。コレニヨク似タ問題ハ交通機関ノ力学ノ中ニタクサンアリソウニ思エルガ、コレハ私ノ臆測ニスギナイ。ナオ、カタカナニソイテ多クノコトヲ考エテイルウチ、結局私ハ、活字ノヒラガナヲ廃止シタホウガイイトイウ結論ニ達シ、我ナガラ少々驚イテイルノデアルガ、コノコトニツイテハココニハ書カナイ。

 これで全文である。初出等については不詳。

本日の名言 2013・8・31

◎カタカナノ構成単位ハ直線デアル

 伊丹万作の言葉。「カタカナニツイテ」というエッセイに出てくる。大江健三郎編『伊丹万作エッセイ集』(筑摩書房、1971)265ページ。

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伊丹万作のエッセイ「戦争中止ヲ望ム」

2013-08-30 10:10:27 | 日記

◎伊丹万作のエッセイ「戦争中止ヲ望ム」

 先日、NHKで、伊丹十三〈イタミ・ジュウゾウ〉を扱ったドキュメンタリー番組を見た。これは、以前BSで放送された番組の再放送らしかった。
 番組の後半で、大江健三郎編『伊丹万作エッセイ集』(筑摩書房、一九七一)が紹介されていた。いうまでもなく、著名な脚本家・映画監督である伊丹万作は、伊丹十三の父である。また、大江健三郎にとって、伊丹万作は、義父にあたるはずである。
 そんなこともあって、『伊丹万作エッセイ集』という本を思い出し、久しぶりに手にとってみた。この本は、どこを開いても、明解にして滋味あふれた文章に出会える稀有な本である。
 本日は、その中から、一九四五年初めに書かれたと思われる「戦争中止ヲ望ム」というエッセイを紹介しよう。表記は、筑摩書房版の通り。

 戦争中止ヲ望ム
 現在ノ日本ハ政治、軍事、生産トモニ行キ当リバッタリデアリ、万事ガ無為無策ノ一語ニ尽キル。
 我々国民ハ、政府ガ勝利ニ対スル強カナル意志ト、周到ナル計画性トソノ実行力トヲ示シテクレルナラバイカナル困苦ニモ堪エ得ルモノデアルガ、現実ニオイテアラユル事態ガソノ無計画無能カヲ暴露シテイルニモカカワラズタダ口頭ノミニオイテ空疎ナ強ガリヲ宣伝シ、不敗ヲ呼号シテ国民ヲ盲目的ニ引キズッテ行コウトスル現状ニハモハヤ愛想ガ尽キテイル。
 政府ハ二言目ニハ国民ノ戦意ヲウンヌンスルガ、イママデノゴトク敗ケツヅケ、シカモサラニ将来ニ何ノ希望ヲモ繋ギ得ナイ戦局ヲ見セツケラレ、加ウルニ低劣無慙ナル茶番政治ヲ見セツケラレ、ナオソノウエニ腐敗ノ極ホトンド崩壊ノ前夜トモイウベキ官庁行政ヲ見セツケラレナオカツ戦意ヲ失ワナイモノガアレバソレハ馬鹿カ気違イデアル。我々ハモハヤ日本ノ能力ノ底マデ知ルコトガデキタ。モウタクサンデアル。コンナ見込ミノ立タナイ愚劣ナ戦争ハ一日モ早クヤメテモライタイ。我々ノ忠勇ノ血ヲコレ以上無意味ニ浪費スルコトヲヤメテモライタイ。我々ノ血ハ皇国ノ繁栄ノタメニノミ流サルベキデアル。現在ノママデハ国民ノ血ガ流レレバ流レルホド国ハ滅亡ニ近ヅイテ行クデハナイカ。ソシテモハヤ流スベキ一滴ノ血モナクナッタトキ、光栄アル日本ハ地球上カラ消エテナクナルダロウ。
 何ノタメカ。スベテノ国民ヲ失イ、日本ヲ滅シテ何ヲ得ントスルノカ。名誉? 国ガ減ビテノチ、名誉トイウ語ニ何ノ意味ガアルカ。彼ラハ必ズ勝ツトイウ。シカシドコニソノ根拠ガアル。冷静ニ客観的ニ事態ヲ注視セヨ。我ラニハ勝利ニ縁ノアル材料ハ何一ツアリハシナイ。理由モナク勝利ヲ呼号スルハ単ナルウヌボレニスギナイ。アルイハ魯鈍ニ過ギナイ。
 スベテヲ犠牲ニシテ日本本土ノ存続ヲハカル時期ハ今ヲオイテハナイ。日ハ一日ト状態ヲ悪化セシメル。今ナラバマダ外交工作ノ余地ガアル。明日ニナレバソレモモウドウナルカワカラナイ。今ナラバ我方〈わがほう〉ニ多少ノ好条件ヲ確保スル可能性ガアル。外交ノ手腕ニヨッテハボルネオクライハ残シ得ルカモシレナイ。シカシ今年ノ後半期ニオイテハソノヨウナコトハスデニ夢トナッテイルダロウシ第一モハヤ工作ノ余地ソノモノガ皆無トナッテイルニ違イナイ。
 オソラク四月ニハ敵ハ本土上陸ヲ断行スルダロウ。シカモ我ハヤスヤストソレヲ許スダロウ。上陸サレタラ最後我ニハ抵抗力ハナイモノト断ジテマチガイハナイ。コレハ過去ノアラユル戦績ガコレヲ証明シテ余リアルトコロデアル。戦国時代ノゴトキ斬込ミ戦法デ三十ヤ五十殺シタトコロデ近代兵器ノ殺戮力ハソレヲ数十倍数百倍ニシテ返スダロウ。現代ノ戦争ニオイテ近代兵器ヲ持タナイ出血戦術ナドイウモノガ成リ立ツモノカドウカハ考エルマデモナイコトデアル。
 現在ノママデ戦争ヲツヅケルカギリスベテハ絶望デアル。唯一ノ道ハイカナル条件ニモセヨ一旦戦争ヲ終結サセテ、科学ニ基礎ヲ置イタ国力ノ充実ヲ計リ、三十年五十年後ノ機会ヲ硯ウ〈うかがう〉コト以外ニハアルマイト思ウ。科学ヲ軽視シタ報イガイカナルモノカ。物力ヲ軽蔑シタ結果ガイカナルモノカ。民力、民富ノ発展ヲ抑制シタ罰ガイカナルモノカ。ソレラノ教訓コソハコノ戦争ガ日本ニ与エタアマリニモ痛切ナ皮肉ナ贈物トイウベキデアロウ。

 これで、全文である。文章がカタカナ文になっているのは、この当時の伊丹万作が病床にあったからである。伊丹万作に言わせると、病人にとっては、カタカナのほうが書く負担が少ないという(「カタカナニツイテ」、『伊丹万作エッセイ集』所収)。

本日の名言 2013・8・30

◎コンナ見込ミノ立タナイ愚劣ナ戦争ハ一日モ早クヤメテモライタイ

 伊丹万作の言葉。「戦争中止ヲ望ム」というエッセイに出てくる。上記コラム参照。大江健三郎編『伊丹万作エッセイ集』(筑摩書房、1971)61ページ。

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宮城遥拝と黙祷からはじまった隣組常会

2013-08-29 08:40:55 | 日記

◎宮城遥拝と黙祷からはじまった隣組常会

 本日も、戦中における隣組の話である。
 村田亨『模範隣組と常会のやり方』(清水書店、一九四一年一月)は、その二三~二四ページで、隣組常会の進行について言及している。
 引用してみよう。但し、【  】内は、旧所有者による書き込みである。

五、常会の順序の例
 次に東京市に於て開いてゐる進行順序を御参考までに掲げませう。
《一、開会の挨拶……(組長、司会者)
 一、宮城遥拝………宮城〈キュウジョウ〉の方へ向つて一同正しく座し組長の号令【日本間て畳ノ時ハ座礼(但シ座布団ハサケヨ)洋間椅子ノ時ハ立礼】
「宮城に対し奉り最敬礼……直れ」
 一、黙祷……同じく組長の号令
「皇軍の武運長久と靖国の英霊に対し、黙祷を捧げます……(約一分間)……黙祷を終ります」
 一、国歌奉唱……組長の合図により君が代一回
 一、市長の通達及報告……町会常会に於て隣組長其の他の会合の場合市役所又は区役所よりの通知と協議懇談された事の報告を組長がなす。
 一、協議懇談申合せ……隣組員より提出した議題(問題)について相談をなし、議決(決める)す。或は定まらない場合、次の会までお互ひに考へる。
 一、講話(隣組の場合、特別の場合を除く他必要なし)
 一、和楽……お互ひに生活問題や其の他のお話しをして、中には茶話会式にする所もある。国民歌謡や其他軍歌等の練習、又はお互ひのかくし芸等をする。
 一、閉会の挨拶……組長(司会者)
 この時次回の日と時間と場所とを明かに組員に知らせなくてはなりません。》
 これは必ずしも行はなければならないと云ふのではありません。其の時の都合によづて適当に順序を定めてよいのです。

「東京市に於て開いてゐる進行順序」の中に、「和楽」という言葉が出てくる。この言葉は、今日では死語に近く、日常で使われることはあまりない(雑誌の名前や飲食店の名前としては、今も使われている)。この「和楽」という言葉は、当時、懇談と娯楽とを合わせたような意味で使われていたようだ。

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東京市回覧板の雛形と隣組三則

2013-08-28 05:02:32 | 日記

◎東京市回覧板の雛形と隣組三則

 昨日のコラムに対して、意外にアクセスが多かったので、本日もその続きとする。
 村田亨『模範隣組と常会のやり方』(清水書店、一九四一年一月)の五一ページ以降に、東京市の「回覧板」について言及されている。それによれば、すでにこの時点で、東京市一四〇万世帯七〇〇万市民を対象に、回覧板が活用されているという。
 また五二~五三ページには、「東京市回覧板の雛形」なるものが紹介されている。
 その形状は、一枚の横長の板であり(素材については書いていないが、薄板か厚紙であろう)、その上部の左右に、書類を挟むバネがついている。また、同じく上部中央に、ふたつの穴があって紐がつけられている。
 表面には、隣組についての「注意書」、裏面には「隣組回覧順番」がある。
 以下に、表面の「注意書」を紹介しよう(改行は原文のママ)。

隣組は近所つきあひの親睦団体であります
 組員は挙つて〈コゾッテ〉常会に出席しお互によく
 識り合ひ親しい交際を致しませう。
 組員の慶びや哀しみは組全体の喜憂〈キユウ〉と
 してお互いに温かいお世話を致しませう。

隣組は町会の実践団体であります
 通知は一刻も速く全員に徹底底するよう
 仕事は正確に迅速に実行致しませう。
 いろいろな申合せや行事は当番を定め
 てとゞこほりなく実行いたしませう。

隣組は第一線の自衛団体であります
 組員はお互いに気をつけ合つて火事、盗
 難、疫病等の災厄防止に努めませう。
 非常災害に際して直ちに出動出来るや
 う各戸に担当者を定めて不断の準備を
 して置きませう。

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「お国の為なら命もいらぬ」戦時イロハ標語より

2013-08-27 08:39:21 | 日記

◎「お国の為なら命もいらぬ」戦時イロハ標語より

 先日、古書店で、村田亨『模範隣組と常会のやり方』(清水書店、一九四一年一月)という本を入手した。六〇ページ余の貧弱な本だが、戦時体制の末端に位置した隣組とその「常会」のことがイメージできる興味深い資料と言える。
 特に注目したのは、最終ページから奥付にかけて、細筆でビッシリと書き込みがおこなわれていたことである。
 これは、当時の「標語」をイロハ順にメモしたものらしい(書き込んだ本人の「自作」も含まれるか)。細かい上に、相当のクセ字なので、きわめて読みにくかったが、何とか判読できた。ただ、「ゑ」の句だけは、一部の字が読めず、全体の意味もつかめなかった。

い 家は十軒心は一つ 
ろ 論より和楽実行第一
は 励みて働き増産計画
に 日本精神忠勇義烈
ほ 誉は高し皇軍将兵
へ 平和の光り世界を照らせ
と 東西の建設国民一心
ち 貯金は身の為国の為
り 隣保の扶助は相互の真心〈マゴコロ〉
ぬ 脱いで働け体は熱い
る 流言〈ルゲン〉迷はすスパイに注意
を 教へよ知らずは知りたら行へ
わ 笑つて相談誓つて実行
か 下意を進めて上意を活かせ
よ 翼賛の第一線は隣組
た 大政翼賛の基礎は常会
れ 玲瓏〈レイロウ〉富士の根我等の姿
そ 増産計画生活改善
つ 強き体が興亜の基〈モトイ〉
ね 熱あれ血あれ力あれ
な 何事もお国の為を思へ
ら 労働美と健康美
む 無窮の皇国扶翼の誠心
う 産めよ殖せよ健康国民
ゐ 維持せよ我等の良風美俗
の 納税成績優良組合
お お国の為なり命もいらぬ
く 工夫凝らして物資を殖やせ
や 日本魂〈ヤマトダマシイ〉世界に示せ
ま 真心こめて銃後の工夫
け 敬神崇祖は皇道精神
ふ 部落常会翼賛運動
こ 心を結べ手を繋げ
え 営養保健に国力増進
て 手近の奉公隣組
あ 悪条件は協力克服
さ 捧げよ忠節御国〈ミクニ〉の為に
き 義務だいざ買へ事変の国債
ゆ 融和の会合滅私の相談
め 滅私の道場融和の道場
み 身をささげ家を忘れて御奉公
し 新体制の実践本部だ隣組
ゑ ゑみて■■て誓つて実行
ひ 火の用心は資源の愛護
も 求めよ国債銃後の力
せ 節約自粛公益優先
す すは敵来るぞ用意はよいか

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