◎断種法の制定は意外に早く実現した(藤本直)
当ブログでは、六年ほど前、「国民優生法」(昭和十五年法律第百七号)の全文を紹介したことがある(「優生保護法は、国民優生法を引き継いでいる」2018・2・2)。
昨年になって、「国民優生法」が成立した経緯についてまとめている文章を見つけた。本日以降、その文章を紹介してみたい。
戦中の1941年(昭和16)3月、岩波書店から、『断種法』〔京城帝国大学法学会叢刊⑸〕という本が刊行された。著者は、藤本直(ただし)である。
その本の最後に、「附、我が国に於ける国民優生法の成立」という文章が置かれている(356~375ページ)。同法が成立にいたった経緯を、リアルタイムで紹介している、貴重な史料と言えよう。
著者の藤本直は、この文章の冒頭で、「国民優生法案」を引用している。本日、紹介するのは、その箇所である(356~361ページ)。
附、我が国に於ける国民優生法の成立
本文に於ける結語の章で、我が国では断種法制定の機運は次第に熟しつつあるが、種々困難な事情もあり、遽か〈ニワカ〉には実現しないだらうと述べて置いたが、意外に早く実現することになり、厚生省の法案が五回目の此の種の法案として去る第七十五議会〔1939・12・26~1940・3・26〕に提出され、修正可決となつて遂に『国民優生』なる名を冠した法律となつて了つたので、なほ之に付き一言せざるを得ない仕宜〈シギ〉となつた。
法案提出に至るまでの経緯で本文に記さなかつた所のものに付ては此の際記述を省略し、先づ左に法案の全文を示すこととする。此の法第は後に述べるやうに極めて僅かな修正しか受けず、従つて後に行つて出来あがつた法律の文言を態々〈ワザワザ〉別に記す必要はないくらゐのものである。衆議院の議に上程されたのは昭和十五年〔1940〕三月十三日であつた。
国 民 優 生 法 案
第一条 本法ハ悪質ナル遺伝性疾患ノ素質ヲ有スル者ノ増加ヲ防遏〈ぼうあつ〉スルト共ニ健全ナル素質ヲ有スル者ノ増加ヲ図リ以テ国民素質ノ向上ヲ期スルコトヲ以テ目的トス
第二条 本法ニ於テ優生手術ト称スルハ生殖ヲ不能ナラシムル処置ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ謂フ
第三条 左ノ各号ニ該当スル疾患ニ罹レル〈かかれる〉者ハ其ノ子又ハ孫医学的経験上同一ノ疾患ニ罹ル虞〈おそれ〉特ニ著シキトキハ本法ニ依リ優生手術ヲ受クルコトヲ得〈う〉但シ其ノ者特ニ優秀ナル素質ヲ併セ有スト認メラレルトキハ此ノ限ニ在ラズ
一 遺伝性精神病
二 遺伝性精神薄弱
三 強度且悪質ナル遺伝性病的性格
四 強度且悪質ナル遺伝性身体疾患
五 強度ナル遺伝性畸形
四親等以内ノ血族中ニ前項各号ノ一ニ該当スル疾患ニ罹レル者ヲ各自有シ又ハ有シタル者ハ相互ニ婚姻シタル場合(届出ヲ為サザルモ事実上婚姻関係ト同様ノ事情ニ在ル者ヲ含ム)ニ於テ将来出生スベキ子医学的経験上同一ノ疾患ニ罹ル虞特ニ著シキトキ亦第一項ニ同ジ
第一項各号ノ一ニ該当スル疾患ニ罹レル子ヲ有シ又ハ有シタル者ハ将来出生スベキ子医学的経験上同一ノ疾患ニ罹ル虞特ニ著シキトキハシキトキ亦第一項ニ同ジ
第四条 前条ノ規定ニ依リ優生手術ヲ受クルコトヲ得ル者ハ優生手術ノ申請ヲ為スコトヲ得此ノ場合ニ於テ本人配偶者(届出ヲ為サザルモ事実上婚姻関係ト同様ノ事情ニ在ル者ヲ含ム以下之ニ同ジ)ヲ有スルトキハ其ノ配偶者ノ同意ヲ、二十五歳ニ達セザルトキ又ハ心神耗弱者ナルトキハ其ノ家ニ在ル父母(婚姻ニ依リ其ノ配偶者ノ家ニ入リタル者ニ在リテハ其ノ配偶者ノ父母トス以下之ニ同ジ)ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス
前条ノ規定ニ依リ優生手術ヲ受クルコトヲ得ル者心神喪失者タルトキハ優生手術ノ申請ハ前項ノ規定ニ拘ラズ其ノ家ニ在ル父母之ヲ為スコトヲ得但シ本人配偶者ヲ有スルトキハ其ノ配偶者及其ノ家ニ在ル父母之ヲ為スコトヲ得
第一項及前項但書ノ場合ニ於テ其ノ配偶者知レザルトキ又ハ其ノ意思ヲ表示スルコト能ハザル〈あたわざる〉トキハ第一項ノ場合ニ在リテハ其ノ家ニ在ル父母ノ同意ヲ以テ配偶者ノ同意ニ代ヘ前項ノ但書ノ場合ニ在リテハ其ノ家ニ在ル父母ノミニテ申請ヲ為スコトヲ得ルモノトス
前三項ノ規定ニ依リ其ノ家ニ在ル父母ノ同意ヲ要ストセラレ又ハ其ノ其ノ家ニ在ル父母ガ申請ヲ為ス場合ニ於テ父母ノ一方ガ知レザルトキ、死亡シタルトキ、家ヲ去リタルトキ又ハ其ノ意思ヲ表示スルコト能ハザルトキハ後見人ノ、後見人知レザサルトキ、死亡シタルトキ、家ヲ去リタルトキ又ハ其ノ意思ヲ表示スルコト能ハザルトキハ後見人ノ、後見人知レザルトキ、ナキトキ又ハ其ノ意思ヲ表示スルコト能ハザルトキハ戸主ノ、戸主知レザルトキ、未成年者ナルトキ又ハ其ノ意思ヲ表示スルコト能ハザルトキハ親族会ノ同意又ハ申請ヲ以テ父母ノ同意又ハ申請ニ代フルモノトス但シ後見人又ハ親族会ハ第二項ノ規定ニ依ル申請ヲ為スコトヲ得ズ
第五条 第三条第一項ノ規定ニ依リ優生手術ヲ受クルコトヲ得ル者ニ対シ監護上ノ処置、保健上ノ指導又ハ診療ヲ為シタル精神病院法ニ依ル精神病院(同法第七条ニ依リ代用スル精神病院ヲ含ム)若ハ〈モシクハ〉保健署ノ長又ハ命令ヲ以テ定ムル医師ハ本人ノ同意ヲ得テ優生手術ノ申請ヲスコトヲ得此ノ場合ニ於テ本人配偶者ヲ有スルトキハ其ノ配偶者ノ同意ヲモ、二十五歳ニ達セザルトキ又ハ心神耗弱者ナルトキハ其ノ家ニ在ル父母ノ同意ヲモ得ルコトヲ要ス
前項ノ規定ニ依リ優生手術ノ申請ヲ為ス場合ニ於テ本人心神喪失者ナルトキハ其ノ家ニ在ル父母ノ同意ヲ以テ本人ノ同意ニ代フルモノトス
前条第三項及四項ノ規定ハ前二項ノ場合ニ之ヲ準用ス
第六条 前条ノ規定ニ依リ優生手術ノ申請ヲ為スコトヲ得ル者本人ノ疾患著シク悪質ナルトキ又ハ其ノ配偶者本人ト同一ノ疾患ニ罹レルモノナルトキ等其ノ疾患ノ遺伝ヲ防遏スルコトヲ公益上特ニ必要アリト認ムルトキハ同条ノ規定ニ依ル必要ナル同意ヲ得ルコト能ハザル場合ト雖モ〈いえども〉其ノ理由ヲ附シテ優生手術ノ申請ヲ為スコトヲ得
第七条 優生手術ノ申請ハ命令ノ定ムル所ニ依リ地方長官ニ之ヲ為スベシ
前項ノ申請ニハ本人ノ健康診断書及遺伝ニ関スル調査書並ニ本人(本人心神喪失者ラルトキハ其ノ家ニ在ル父母トス但シ本人配偶者ヲ有スルトキハ其ノ配偶者及其ノ家ニ在ル父母トス)ガ優生手術ガ生殖ヲ不能ナラシムルモノナルコトヲ了知シタル旨ノ医師の説明書ヲ添付スベシ
第四条第三項及四項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
第八条 地方長官ハ優生手術ノ申請ヲ受理シタルトキハ優生手術ヲベキヤモノト認ム ルヤ否ヤヲ決定ス
地方長官前項ノ決定ヲ為サントスルトキハ第四条又ハ第四条ノ規定ニ依リ優生手術ノ申請ヲ為スコトヲ得ル者及優生手術ノ申請ニ付同意ヲ得ルコトヲ要ストセラレタル者ニ之ヲ
通知スベシ
第九条 前条第三項ノ規定ニ依リ通知ヲ受クベキ者ハ同条ノ決定ニ不服アルトキハ厚生大臣ニ之ヲ申立ツルコトヲ得
前項ノ申立ハ一定ノ通知ヲ受ケタル後(通知ヲ受ケザル者ニ付テハ決定アリタル後)三十日ヲ経過シタルトキハ之ヲ為スコトヲ得ズ
厚生大臣宥恕〈ゆうじょ〉スベキ事由アリト認ムルトキハ前項ノ期限経過後ニ於テモ仍〈なお〉之ヲ受埋スルコトヲ得
第十条 厚生大臣ハ前条ノ申立ヲ受理シタル場合ニ於テ申立ヲ理由ナシト認ムルトキハ之ヲ却下シ申立ヲ理由アリト認ムルトキハ地方長官ノ決定ヲ取消シ且優生手術ヲ行フベキモノト認ムルヤ否ヤヲ決定ス
厚生大臣前項ノ却下又ハ取消及決定ヲナサントスルトキハ予メ〈あらかじめ〉中央優生審査会ノ意見ヲ徴スベシ
第八条第三項ノ規定ハ第一項ノ却下並ニ取消及決定ニ之ヲ準用ス
第十一条 第四条又ハ第五条ノ規定ニ依リ優生手術ノ申請ヲ為スコトヲ得ル者及優生手術ノ申請ニ付同意ヲ得ルコトヲ要ストセラレタル者ハ書面又ハ口頭ヲ以テ中央優生審査会又ハ地方優生審査会ニ対シ事実又ハ意見ヲ申述〈しんじゅつ〉スルコトヲ得
第十二条 中央優生審査会及地方優生審査会ニ関スル規定ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第十三条 優性手術ヲ行フベキモノト認ムル決定確定シタルトキハ第三条ノ規定ニ依リ優性手術ヲ受クルコトヲ得ル者ハ命令ノ定ムル所ニ依リ優生手術ヲ受クベシ
優性手術ハ厚生大臣又ハ地方長官ノ命ニ依リ命令ヲ以テ定ムル場所ニ於テ之ヲ行フ
前項ノ規定ニ依リ優性手術ヲ行ヒタル医師ハ命令ノ定ムル所ニ依リ其ノ経過ヲ地方長官ニ報告スベシ
第十四条 優性手術ヲ行フベキモノト認ムル決定確定シタル場合ニ於テ本人妊娠中ナルトキハ第四条ノ規定ニ依リ優性手術ノ申請ヲ為スコトヲ得ル者ハ同条ノ規定ニ依リ同意ヲ要ストセラレタル者ノ同意ヲ得テ其ノ決定ヲ為シタル厚生大臣又ハ地方長官ニ対シ妊娠中絶ノ申請ヲ為スコトヲ得
前項ノ申請ニ基ヅキ厚生大臣又ハ地方長官妊娠中絶ヲ行フベキモノト決定シタルトキハ本人ハ命令ノ定ムル所ニ依リ妊娠中絶ヲ受クベシ
前項ノ妊娠中絶ハ妊娠三ケ月ヲ超ユルモノナル場合ニ於テハ之ヲ行フコトヲ得ズ
前条第二項及第三項ノ規定ハ前二項ノ妊娠中絶ニ之ヲ準用ス
第十五条 優性手術又ハ前条ノ妊娠中絶ニ関スル費用ニ付テハ勅令ノ定ムル所ニ依ル
第十六条 故ナク生殖ヲ不能ナラシムル手術又ハ放射線照射ハ之ヲ行フコトヲ得ズ
第十七条 第十三条又ハ第十四条ノ規定ニ依ル場合ヲ除クノ外医師生殖ヲ不能ナラシムル手術若ハ放射線照射又ハ妊娠中絶ヲ行ハントスルトキハ予メ其ノ要否ニ関スル他ノ医師ノ意見ヲ聴取シ且命令ノ定ムル所ニ依リ予メ行政官庁ニ届出ヅベシ但しシ特ニ急施ヲ要スル場合ハ此ノ限ニ在ラズ
前項ノ届出アリタル場合ニ於テ行政官庁必要アリト認ムルトキハ其ノ指定シタル医師ノ意見ヲ更ニ聴取セシムルコトヲ得
第一項但書ノ場合ニ於テ届出ヲ為サズシテ生殖ヲ不能ナラシムル手術若ハ放射線照射又ハ妊娠中絶ヲ行ヒタルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ行政官庁ニ届出ヅベシ
第十八条 第十六条ノ規定ニ違反シ生殖ヲ不能ナラシムル手術又ハ放射線照射ハ之ヲ行ヒタル者ハ一年以下ノ懲役又ハ千円以下ノ罰金ニ処ス因テ〈よりて〉人ヲ死ニ致シタルトキハ三年以下ノ懲役ニ処ス
第十九条 中央優生審査会及地方優生審査会ノ委員若ハ委員タリシ者又ハ優性手術若ハ第十四条ノ妊娠中絶ニ関スル審査若ハ施行ノ事務ニ従事シタル公務員若ハ公務員タリシ者故ナク其ノ職務上取扱ヒタルコトニ付〈つき〉知得シタル人ノ秘密ヲ漏泄〈ろうせつ〉シタルトキハ六ケ月以下ノ懲役又ハ千円以下ノ罰金ニ処ス
前項ノ罪ハ告訴ヲ待テ之ヲ論ズ
第二十条 第十七条第一項又ハ第三項ノ規定ニ違反シ届出ヲ為サズ又ハ虚偽ノ届出ヲ為シタル者ハ百円以下ノ罰金ニ処ス
【附則】本法施行ノ期日ハ各規定ニ付勅命ヲ以テ之ヲ定ム
このあと、著者は、この法案について、厚生大臣がおこなった説明を引用する。その紹介は次回。