◎このままでは自壊作用を起こして滅亡する(鈴木貫太郎)
鈴木貫太郎『終戦の表情』(労働文化社、一九四六)にある「余の戦争観」という文章の続きを紹介する。三回に分けて紹介したが、本日が最終回。
だが、普通の戦略戦術を弁へてゐる者だつたら大東亜の全域に渉つて幾百万の軍隊を輸送するためには、海軍が橋をかけねば作戦は遂行出来ないこと位は充分弁へて居つて然るべきであつただろうと思ふ。
それを軽視したといふことは明らかに綜合的な戦術見透し等が欠けて居り、昨今の司令官が独のクラウゼビツチの戦争論やゼークトの戦術論だけを研究して居て、肝腎の東洋の兵法たる孫子のやうな偉大な戦術の原則論を無視した所にあると思ふ。これは反つて〈カエッテ〉開戦後の米国などの戦術に孫子を充分研究してゐるのではないかと思はれるやうな点が見られた。
しかも戦争といふものは飽く迄一時期の現象であつて、長期の現象ではないといふことを知らねばならない。この点に関して日本の戦争指導者は、初期に於ては電撃戦を唱へ、三ケ月で大東亜全域を席捲して見せると称してゐながら、太平洋の広さを忘れ、戦争を長期化し、遂には本土決戦を怒号し、一億玉砕に迄引きずつて行かうとしたのである。
これは、も早戦争とは言へない。戦争とは戦ふべき時機を充分に策定して戦ひ、矛〈ホコ〉を収める時には速か〈スミヤカ〉に収めることが戦争である。この原則を忘れゝれば近代戦争ではなく、それは原始人の闘争にしか過ぎない。
既に日本が矛を収むべき機会は何度もあつた。それを一時の勝ちに乗じて見喪つて了つた〈ミウシナッテシマッタ〉ことは誠に遺憾なことである。
以上のやうな種々の角度から、戦争の成行〈ナリユキ〉を眺めて来た余は、この敗北必至の戦争を最後の土壇場〈ドタンバ〉迄持つて行つたのでは、日本は自壊作用を起して、究極は滅亡するより外はないと明らかに見抜いたのである。それ迄に何とか戦争終結の機を掴まねばと余はひそかに心を砕いた。,
組閣怱々〈ソウソウ〉、先づ全日本の生産状態、軍事基地の設備状態を徹底的に調査させて見た。
その結果、七、八月頃には重大な危機に直面するといふことを想線するに至つた。この危機の到来する時機に就いては、書記官長にも他の一、二の閣僚にも洩したことがある。だが、その危機打開の方策に就いては誰に語ることも出来なかつた。
今日のクイズ 2013・4・30
◎鈴木貫太郎内閣のときの内閣書記官長は、次のうち誰でしょうか。
1 緒方竹虎 2 迫水久常 3 星野直樹
今日の名言 2013・4・30
◎日本が矛を収むべき機会は何度もあつた
敗戦時に首相だった鈴木貫太郎が、戦後に述べた言葉。『終戦の表情』(労働文化社、1946)の17ページに出てくる。