◎金融資本への排撃がユダヤ人への排撃となった
峯村光郎著『近代法思想史』(世界書院、一九四七)から、「民族と法律」の第四節を紹介しいる。本日は、その三回目(最後)。昨日、紹介した部分のあと、改行して、次のように続く。
かくて「われわれは唯物的世界秩序に奉仕するローマ法に代えてドイツ一般法を制定せんことを期す」(国民社会主義ドイツ労働党綱領一九条)となし、その目的達成のためには、法の淵源である民族精神または民族性の純化を必要となすのである。従つて民族の特性から生ずる慣習法は成文法に対して当然に優位性が認められる。そして民族性純化の手段として、ドイツ人の血統をもたないもの、ユダヤ人には公民権は認められないのみならず(同四条)、公民でないものゝ国外追放をすら公然と主張する(同七条)。更に「ドイツ民族保護の為めの法律」によれば、叛逆罪の概念は拡張されて、国防に対する叛逆罪、国民に対する叛逆罪、経済に対する叛逆罪、文化に対する叛逆罪、種族に対する叛逆罪などの新たな犯罪が創り出された。そしてその目的とするところは「健全な中産階級の創設と維持」にある(同一六条、フェダー綱領一三条)。中産階級の維持、金融資本に対する排撃(フェダー綱領Ⅲ)の結果として、ドイツ金融資本家の大部分であるユダヤ人の排撃となる。従来、反ユダヤ主義は帝国主義の最も尖鋭化した国際的特殊現象であつた。反ユダヤ主義の起源はユダヤ国家の崩壊によつて、ユダヤ人商業資本が全欧に散在して商業活動をつづけ重要な商業地を占拠した。その後に各国に発展した土着の商業資本は、既に資本と商業上の経験とを兼備するユダヤ人に漸次拮抗して来た。そこで、諸国は反ユダヤ人的弾圧制度を国家機関をして設けさせた。中世支配階級の思想機関であつた教会はこの民族的利益を擁護しようとして、ユダヤ人に関する宗教上の諸々の伝説を考案したものともいわれる。今日この反ユダヤ主義の武器を取上げて、階級闘争の舞台においてこれを民族的に利用しようとしたのがナチスの政策である。ナチスの法律政策或わ綱領を一読するならば、綱領、政策それ自体および相互のうちに矛盾、撞着、混乱瞹眛が多々あるのみならず、その理論と実践とが対立して一貫した理論的統一を欠き、少からず煽動的価値しかもつていないことが認められる。
その法理論の基本的要請であるローマ法に代るゲルマン法の要求にせよ、第十六世紀におけるローマ法のドイツ国への継受の社会的・経済的要因が何であったか、ローマ法的要素は今日国際的支配形態たり得ないか、ゲルマン法が世界経済時代の今日のドイツにおける秩序の規制として適合するかどうか、というような根本問題の究明を一切無視した理想主義的要求である。だが、われわれが問題とすべきことはゲルマン法並に〈ナラビニ〉ローマ法そのものではなく、原始的農業生産の上に立つ封建制から商品生産を基礎とする資本制へのドイツ社会の移行が何故にゲルマン法に代えて、ローマ法を要求し、これを継受することになつたかという根本問題である。
ニコライを先頭とする民族主義的法理論における種族と民族との両概念の無差別的混淆に関する批判は姑く〈シバラク〉措くとしても、その主張は既に述べたように、民族精神の高調および制定法に対する慣習法の優位性を認めることなどによつて、歴史法学派の初期の主張との間に一脈相通ずるところがある。歴史法学派が民族国家的国家主義の表現として、フランス革命を契機とする急進的新興資本家階級の法律思想に対する封建的地主階級の法律意識の表現として、反動的・保守的役割を演じたのに較べて、ナチスのいわゆる民族的法理論はドイツ資本主義組織内において、崩壊没落に瀕した小市民中産階級層の要望を反映したものであつて、法ないし法学の領域において、資本主義的要素を死守しようとする帝国主義を、あらゆる手段によつて強行的にさえ理論づけようとする役割をもつて登場して来たものに外ならない。 (一九三四・五・五)
ここに、「フェダー綱領」とあるのは、フェダーの綱領という意味か。ゴッドフリート・フェーダー(Gottfried Feder)は、国民社会主義ドイツ労働者党(峯村のいう「国民社会主義ドイツ労働党」)の初期の幹部のひとり。同党の二十五か条綱領(一九二〇)は、アントン・ドレクスラー(Anton Drexler)とアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)によって起草されたが、それとは別に(たぶん、それに先行する形で)、フェーダーによって起草された「綱領」があったのであろう。