◎国家儀礼としての学校儀式・その2(桃井銀平)
桃井銀平さんの論文の紹介を続ける。本日は、「2,2011年3~4月の都立高校の例-某区9校」の「 (1) 卒業式-3月」を紹介する。
2,2011年3~4月の都立高校の例-某区9校
象徴を使用した儀礼実施によって忠君愛国精神を育てようとするのが、敗戦前の祝祭日学校儀式であった。敗戦による一時的中断を経て、御真影に代えて日の丸を中核要素の一つとした学校儀式の復活が目指された。会場配置図・式次第・進行表を見ると、儀式の全体構造および参列者の身体の動きがどのように組み立てられて、どのような象徴的効果を発揮するものかがよく読み取れる。
(1) 卒業式-3月 〔全体像は別紙資料1〕
① 会場配置図から
資料dは会場配置図の代表例で、場所は当該校の体育館である〔8〕。壇上正面に中央の国旗を挟んで右に校旗、左に都旗が「掲揚」〔9〕されている。卒業生は壇の下、最前部にクラスごと横1列で座席が配置されている。担任団は都教委・校長・室長の後部に縦に5名並んでいる。その後ろに一般教員が横二列で縦に長く配置されている。その最後尾に副校長席がある。都教委席の明示がある6例の全てが学校側座席の最前部で、校長の前である。また、通例、正面をのぞく3面の内壁が紅白幕で飾られるなどして、儀礼の空間の荘厳・画定が行われている。
この例で注意すべきは、一般教員席の右に以下の注意書きがあることである。「生徒・保護者のイスの向きは全て舞台正面に向ける。(この図では左方が舞台正面)来賓・教職員のイスは45度内側に向ける。」正面舞台中央への正対を徹底させる趣旨である。このような例は他に1例ある。他に壇上に都教委・校長等および来賓の席を配置する例が3あるが、いずれも正面中央に向かって斜めに配置されている。さらに教師の位置・方向の異様さにも注意されたい。全例、卒業生の側面に着席し正面を向いたままであって、生徒と同じ方向を向いている。卒業生担任がそれぞれ自分のクラスの近くにいるわけでもない。
② 式次第・司会進行表から
全例が卒業生の入場に続いて「開式の辞」が発語され、8例が「閉式の辞」にすぐ続いて卒業生が退場する(残る1例は式次第終了後に「思い出のビデオ」上映)。これが、儀礼の時間の画定となる。全体として、異様に思えるほどの画一性が支配している。国歌・校歌の他に「式歌」または「卒業生の歌」があるものは2例のみ。式次第外であるが、「卒業生企画-思い出のビデオ上映」を配置しているのが1例あるのみである。来賓祝辞を省略した例が2つあっても「東京都教育委員会挨拶」は全例で行われ、それも「校長式辞」の直後に配置してある。以下、いくつか注目すべき点を指摘する。
1) 冒頭におかれた<国旗に正対し起立して国歌斉唱>
9校すべてで冒頭に開式の辞の直後に国歌斉唱が行われている。参列者全ての座席は正面または正面中央に向いている。式次第の諸儀礼行為では、特にこの部分が通達と職務命令によって強く一律に規定されている部分である。儀式の冒頭に国旗に向かって国歌を斉唱する儀礼行為が配置されていることは、儀式全体の性格を大きく規定するものである。通達にはこの位置は明記されていないが、通達発出以前の強制的指導による定式化と儀式事前のチェックによって例外が許されないものとなっている。このときの儀礼行為は、例外なく無人の壇上正面に向かって行われている。9例中7例はここで「礼」が行われる。国旗の位置は向かって右に並んだ都旗とのセットが3例、向かって右に校旗・左に都旗の中央に置かれているのが6例である。正面中央に掲示する旗は複数あっても「君」の「代」を讃える「国歌」が国旗に対するものであることは疑問の余地はない。
2) 卒業証書授与
校長は高等学校の全課程修了=「卒業」を認定した生徒には卒業証書を授与しなければならない〔10〕。卒業の認定そのものは卒業式以前になされており、卒業証書授与は卒業を認定した校長にとって義務となる。また、卒業証書授与の具体的方法について法令上の規定はない。しかし、卒業生は、9例等しく一人一人「君」「さん」付けのない呼び捨てで呼名を受け起立して、代表または全員壇上正面の校長の前に出て礼をして証書を受け取る。
3) 国旗を背に語る人物
9例すべてで、校長、教育委員会職員と来賓は壇上で国旗を背に語りかける。国旗を背景にした人物は国家のもつ権威をを体現することになるが、一方、在校生代表の送辞では4例が登壇して卒業生の方に向き、2例が壇の下で卒業生に振り向いたかたちで語りかけられ、1例が位置不明、2例がそもそも送辞はない。壇の下の2例こそが儀式全体の象徴的秩序に合致したものである。なお、卒業生答辞は、そもそも答辞がない1例を除き全てで、代表が登壇し正面演壇の校長に対して行われる。
4) 閉式の辞
9例中7例が、「一同起立」-「閉式の辞」-「礼」-「着席」という儀礼行為を遂行する。残る2例は、「礼」はない。全例が壇上正面には人がいない状態。国家儀礼としては、国旗に向かっての「礼」がある方がより完成態であるといってよい。
5) 起立斉唱へのこだわり
10.23通達と職務命令で教職員には国旗に正対しての国歌斉唱が義務づけられており、110.23通達以後の東京都の400を超える懲戒処分例(入学式と少数の周年行事も含む)のうち、ごく少数の式場への不入場のほかは全てこの場面での「不起立」「不伴奏」が理由となっている(「不斉唱」はいまのところ確認の対象となっていない)。それだけではなく、生徒の起立斉唱も重視していることが、司会進行表でわかる〔11〕。学習指導要領の国旗・国歌条項の趣旨からすれば、起立斉唱という点では生徒が最終の目的である。9校全てについて司会の発言を資料eに列記しておく。
なお、H校の場合は、保護者への対応も予定していることに注意されたい。I校の場合は、生徒だけでなく参列者一般に起立を促す趣旨だろう。
注〔8〕当該校の体育館が7例。他は定時制校の一部で当該校の音楽室または視聴覚ホールである。
注〔9〕「掲揚」とは、本来はポールなどの先端に高く掲げることである。
注〔10〕学校教育法施行規則第58条(「校長は、小学校の全課程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない。」) およびその高等学校への準用(第104条)
注〔11〕東京都教育委員会は、生徒の起立斉唱についても重ねて通知を出している。
○入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について
平成18年3月13日
17教指企第1193号
都立高等学校長
都立盲・ろう・養護学校長
都立中学校・中等教育学校長
東京都教育委員会は、「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(平成15年10月23日付15教指企第569号)により、各学校が入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するように通達した。また、「入学式・卒業式の適正な実施について(通知)」(平成16年3月11日付15教指高第525号)により、生徒に対する不適正な指導を行わないこと等を校長が教職員に指導するよう通知した。
しかし、今般、一部の都立高等学校定時制課程卒業式において、国歌斉唱時に学級の生徒の大半が起立しないという事態が発生した。
ついては、上記通達及び通知の趣旨をなお一層徹底するとともに、校長は自らの権限と責任において、学習指導要領に基づき適正に児童・生徒を指導することを、教職員に徹底するよう通達する。