◎小野武夫は、なぜ『農村研究講話』に柳田國男の文章を引用したのか
農政学者・小野武夫の『農村研究講話』(改造社、一九二五)という本については、これまで何度か言及してきた。
この本は、全二二二ページで、どちらかというと薄い本である。しかも、一四一ページ以下は、「付録」とされているので、本文は一四〇ページに過ぎない。しかも、本文一四〇ページのうち四二ページ分は、柳田國男の文章をそのまま引用しているという妙な本である。
一応、目次を紹介しておこう。
緒言
第一章 基礎的研究の必要及び其綱領
第二章 農村問題とは何ぞや
第一項 農村問題の意義
第二項 農村問題の要素
第三項 農村問題の焦点
第三章 村落の研究
第一項 村落調査の必要
第二項 村落調査の方法及び実践
イ 調査要綱の製作心得
ロ ソンプソン氏の村落研究心得
ハ 柳田氏の実験と感想
第三項 村落疲弊の実否及び其の評定法
第四章 農家経済の研究(第一項~第三項)
第五章 小作問題の研究(第一項・第二項)
第六章 農村問題の参考書(第一項・第二項)
結言
付録
其一 村落調査様式(郷土会考案)
其二 維新以前の農家経済調査様式
其三 農家経済現状調査様式
其四 小作慣行調査様式
其五 小作問題聴取り調査様式
小野が引用している柳田の文章というのは、雑誌『都会及農村』の一九一八年一一月号から一九一九年二月号まで、柳田が四回に亘って連載した「村を観んとする人の為に」である。その文章の冒頭に、「我々の内郷行きは学問上先づ失敗でありました」とあることは、すでに紹介した。それにしても、なぜ小野は、四二ページ分も使って柳田の文章を引いたのだろうか。
小野は、柳田の文章を引用した理由を、次のように説明している。
―日本における斯学〔この学問〕の開拓者の実験談を聞くと云ふことは読者に取りての大なる期待であり、又其研究的慾求を充たす上での方便ともなりませう。―
微妙な言い方である。小野は、この柳田の実験談が学問的に貴重だということは一言も言っていない。一方、柳田自身は、この村落調査が「失敗」だったことを認めている。だとすれば、ここで小野が言おうとしたのは、柳田の実験談=失敗談をよく検討し、なぜこの実験が失敗に終わったのかを学べということではないのか。そのために長々と、柳田のその文章を引用したのではないだろうか。
この見方は、必ずしも「邪推」とは言えないと考える。というのは、小野が同書の「結言」において、以下のようなことを述べているからである。
今より七八年前に英国の農村評論家たる「ロバートソン・スコット」と云ふ人が日本に来て、各地の農村を巡廻し、其観察記を故郷の雑誌に寄稿したことがありましたが、其の一節に斯ふ云ふ〈コウイウ〉ことを言つて居ります。『是迄で〈コレマデ〉英国の農村を巡廻して農民生活を記述したものは沢山あるが、彼等の筆にするものは徒らに〈イタズラ〉統計を羅列するか又は感情の披瀝〈ヒレキ〉たるに過ぎない。其れと同じ様に、今、日本の農村問題に対する刊行物を手にして見れば、此国に於ても亦農村問題の所謂「権威者」や都会の気まぐれ研究家や理想家達は英国に於けると同じことを繰返して居る。ように思はれる、是れでは、農村の人々が農村問題に関する著作物に敬意を払はぬことに不思議は無い』(原文巻頭掲載)、右は一外人の観察ではあるが言ふべきことを言ひ得て居るように思ひます。実際一と頃〈ヒトコロ〉英国に於て農村問題が喧しかつた〈ヤカマシカッタ〉際には所謂Rural problem〔農村の問題〕に関する著作が雨後の筍の如く刊行されて読者は之が取捨に苦む〈クルシム〉程でありましたが、何れの本を披いて〈ヒライテ〉見ても同じ様なることばかり書かれて在るのを見て厭かされた〈アカサレタ〉ことがあります。其れと同じ徴候が今日本の農村問題の論壇に萌して〈キザシテ〉居るのではないでしようか、【以下略】
小野は、イギリスの農村評論家ロバートソン・スコット(Robertson Scott)の見解に賛同している。つまり、このイギリス人の口を借りて、日本の農村問題の権威者や都会の気まぐれ研究家を批判しているのである。
では、ここで、小野が意識した「日本の農村問題の権威者や都会の気まぐれ研究家」とは、具体的に誰のことを指すのか。もちろん、それについて断定することは避けなければならないが、少なくともその候補者のひとりに、柳田國男が入ることは間違いない。おそらく小野は、このように書けば、読者が柳田國男のことを思い浮かべるであろうことを意識して、この文章を書いているに違いない。
小野は、「結言」でこのようなことを書き、しかも本文では、柳田の失敗談を長々と引用した。すなわち、この『農村研究講話』という本は、かなり辛辣な柳田批判をおこなっている本だと言わざるをえない。なお小野は、同書の冒頭で、ロバートソン・スコットの言葉を、わざわざ原文で紹介していることを付記しておきたい。
今日の名言 2012・9・30
◎君が受け取る愛は君がもたらす愛とイコールになる
ビートルズの「ジ・エンド」の歌詞の一部。本日の東京新聞の一面トップは、なぜかビートルズの歌詞の紹介(藤浪繁雄執筆)。見出しは「ビートルズは教えてくれる」。