◎映画『ザ・インターネット』に見られる「決闘」
あいかわらず、山内進著『決闘裁判――ヨーロッパ法精神の原風景』(講談社現代新書、二〇〇〇)についての話題である。
本書は、「新書」の形で出版されているが、その内容は、かなり専門的である。しかし、中世ヨーロッパの「決闘裁判」という素材自体が珍しいものなので、その珍しさに惹かれて、同書を手に取った読者も、少なくないだろう。また本書は、随所に「図版」が紹介されているが、この図版が実に興味深い。
七七ページには、馬に乗った二人の騎士が、棍棒を振り上げて闘う姿を描いた図がある。七九ページには、鎧に身を固め、剣を手にした二人の兄弟が、四角いリングの中で決闘している図がある。これは、スイスでおこなわれた決闘裁判の図であるという。一二七ページには、鎧に身を固め、棍棒を手にした二人の騎士が、丸いリングの中で決闘している図がある。ちなみに、リングというのは、決闘裁判の舞台となる聖なる空間を指し、最初は文字通り円形であったが、いつの間にか、正方形に変わったという(一六〇ページ)。
同書が紹介している図版の中で、最も興味深かったのは、男女間でおこなわれた決闘裁判を描いた図であった(一六九ページ)。著者によれば、男性と女性の間で決闘裁判がおこなわれたケースもあり、その場合は、男性にハンディキャップを負わせたという。この図では、男性は脇腹の高さまで掘られた穴に入っているが、女性は、自由に動きまわることができる。男性の武器は棍棒。女性は、袋に入った四ポンドないし五ポンドの石を振りまわす。
さて、この男女間の決闘の図を見て、思い出したことがあった。それは、『ザ・インターネット』(コロンビア、一九九五)という映画、特に、その結末に近い場面である。
主人公の女性アンジェラ・ベネット(サンドラ・ブロック)は、ある巨大組織による重大犯罪の証拠をつかんでいた。かねてアンジェラの行方を追っていた組織の一員ジャック・デブリン(ジェレミー・ノーサム)は、モスコーン・センターで開かれているコンピューター見本市で、ついにアンジェラを捕らえる。しかし、すでにアンジェラは、見本市の会場から、FBIに証拠を送信したところであった。すきを見て逃げるアンジェラ、それを追うジャック。ジャックは、消音器つきのピストルを持っている。モスコーン・センター内の倉庫を逃げまわっているうち、アンジェラは、CATWALKと書かれた扉を見つけ、それをあける。その先は、大きな吹き抜けに張りめぐらされている空中廊下であった。その廊下を走るアンジェラ。それを追いかけるジャック。隠れてジャックをかわしたアンジェラは、CATWALKと書かれた扉のところまで戻る。
それに気づいたジャックが、扉のところまで追って来ると、そこには、アンジェラが立ちはだかっていた。ズボンにはさんだピストルを手にしようとするジャック。そのとき、アンジェラの一撃がジャックを襲う。何とアンジェラは、後ろ手に隠していた消火器を振りまわし、ジャックの顔面を痛打したのであった。続いて二発目、ジャックは消火器もろとも、空中廊下から落下してゆく。下で即死しているジャックの姿が映し出される。
まさにこれは、男女間の決闘ではないのか。決闘ではあるが、最初、武器を持っているのはジャックのみで、アンジェラは、何らの武器も持っていない。しかし、アンジェラが消火器という武器を手にしたことで、「決闘」が成立することになる。ジャックは、ハンディキャップを負っていないが、アンジェラが武器を持っていることに気づいていないことが、ハンディキャップと言えるか。
アンジェラは、この決闘に勝利したことで、「正義」の側に立った。一方、この決闘に敗れたジャック、あるいはジャックが属していた組織は、「悪」の側に立つことになったのである。