◎八月革命説は現憲法無効論の一種(相原良一)
『ジュリスト』一九七七年五月臨時増刊(通巻六三八号)、「日本国憲法―30年の軌跡と展望」から、丸山健の「日本国憲法制定の法理」という論文を紹介している。本日は、その四回目(最後)。
四 現憲法無効説
これまで紹介してきた学説や見解は、理解や説明のしかたは異なるにせよ、いずれも現憲法が有効に成立したものと解するのであるが、これに対して、現憲法は、その制定の手続と内容から見て無効であり、ないしは、占領下ではやむをえないとしても、占領終了によって失効すべきものであるとする説がある(1) (2)。以下に、その理由としているものの概略を述べよう。
1 旧憲法の改正手続には、以下のように、「違法又は重大且明白なる瑕疵」がある。
① 改正の時期 占領期間中、つまりsubject toの期間において行なわれたこと。「国家の統治意思の自由なきところ、国家の根本法たる憲法の改正はありえない」。占領下の西ドイツが憲法制定を拒んで、いずれは失効すべき暫定的な基本法の制定にとどめ、フランス第四 共和制憲法、ブラジル連邦憲法、わが旧憲法が、特定の時期における憲法の変更を禁止しているのは、みぎの法理の例示である
② 改正の方法 占領軍による「不当なる威迫、脅迫、強要の存在したことが認識せられ」ること。わが民法九六条や英法のundue influenceの法理は、公法私法を問わず妥当すべきもので、脅迫による憲法改正は有効とはなしえない。
③ 国際法違反 「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(一九〇七年、ハーグ条約)は、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルへク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と規定しているが(三款四三条)、この原則からして、占領下における旧憲法の改正は許されず、よしんば、憲法の停止はやむをえないことがあるとしても、その停止や改正の法的効果が占領解除後にまで及ぶことは、決してあるべきではない(3)。
2 旧憲法の名称・文体を全面的に変更し、かつ一~四条を抹殺したことは、改正の限界をこえ、無効である(4)。
みぎの論拠の中、2については、改正の限界論の問題であるから措くことにして(5)、1に関する批判を紹介しておこう(6)。
まず、1の①において例示された西ドイツ基本法は、東西ドイツの分裂という特殊事情が決定的であり、加えて、基本法を議決した「憲法評級会」がドイツ国民の選挙に基づいたものではなかったという手続上の問題があったこと、また、フランス第四共和制憲法は、一九四〇年のいわゆるペタン憲法の経験、つまり、ペタンが議会から憲法制定の全権の委任を受けたのであるが、議会は本来そのような授権の権能を有していなかったという点から、ペタン憲法の正統性を否認するという主張があること。したがって、いずれも、およそ占領下の意法制定にかかる一般原則を定めたものではないと解しうることが指摘される(7) 。
つぎに、1の③のハーグ条約についても、「ハーグ陸戦法規以後の国際法の変化というものをどうみるかが問題」で、「ポツダム宣言がむしろハーグ陸戦法規に代わるものとなったのではないか」ということ、また、同条約は、「絶対的ノ支障ナキ限」といっているが、旧憲法をそのままにしておくことは、占領目的達成の上での「絶対的ノ支障」であったのではないかということ(8)、さらに、現憲法が占領解除後においてもひきつづき効力を有することが、国際法的には、ポスト・リミニウム(原状回復)の法理(9)に反するとの主張については、そもそも同法理が、憲法の場合にも適用できるか否かが問題であるとの批判がなされている(9)。
如上の問題に、さらに立ち入る余裕はないが、要するに、無効論は、現憲法が現に施行されてきたということの説明が不十分であって、ただ法理として否認するだけであり、また、失効論も、実質を伴わない、きわめて形式的な手続論にすぎない。それは、実践的に、現憲法の全面的改正の根拠を提供しようとするものであろうが、理論的にも無理があり、現実的にも混乱を招くのみで、有用性があるとは思われない。
(1) 相原良一「現行憲法の効力について」公法研究一六号(本文における引用は これによる)、井上孚麿〈タカマロ〉・現憲法無効論(日本教文社)、菅原裕・日本国憲法失効論(時事通信社)など。なお、憲法調査会・憲法無効論に関する報告書。
(2) 無効論の論拠を批判し、現憲法の正当性を説くものとして、芦部「現行憲法の正当性」、小林「制憲史の原理的考察」(いずれも思想四五五号。これに対する反論として、無効論の立場からではないが、大石・前掲、小森「日本国憲法の正当性」前掲書)、佐藤功「日本国憲法無効論(1)(2)」法学セミナー七三号・七四号、長谷川「制憲史と自主憲法制定論」ジュリスト二八九号。
(3) この部分は、失効論である。相原教授は、この故に、「有効と推定されてゐる現行憲法の『無効確認』を行ひ、……同時に、帝国憲法を復原して、……その上で、帝国憲法第七十三条により、改めて憲法改正を行ふべきである」とする(前掲三六頁)。
(4) この立場から、相原教授は、八月革命説を、「現行憲法の有効なる所以を論証し得ない」ものとして、現憲法無効論の一種であるとしている(前掲二八頁)。大石教授も、改正限界論者は、「旧憲法の改正の限界を越えた現憲法の制定は違法だといわなければならない」はずであるとする (前掲一〇頁)。 (まるやま・けん)