◎藤田嗣治は絵を描いてアメリカ将官を満足させた
山田秀三郎著『罪悪と栄光』改訂版(大日本皇道会、一九七〇)を紹介している。本日は、その五回目。
本日、紹介するのは、第六編「米将の寛容」の「民主々義の神髄」の章のうち、「日本復興とケーシー少将」の節にある「ケーシー少将と吉川英治氏」と題する項の後半である(三九五~三九七ページ)。昨日、紹介した部分のあと、一行あけて、次のように続いている。
市川の中村〔勝五郎〕邸には、著名人が数十人も顔を出していた。画家・芸能人が中心の集いであった。藤田嗣治氏らは、絵を描【えが】いて、アメリカ将官らを満足させた。女優高峰三枝子さんらは、振袖姿もあでやかに、日本女性の優雅を誇った。
彼女は英語で接待したので、ケーシー将軍は、ご満悦であった。
――英会話はできないし、芸の持合せのない吉川〔英治〕さんと、筆者〔山田秀三郎〕は、山海の珍味を喰べるより芸がなかった。美しい庭園には、屋台が各所に設けられて、喰べ放題であった。
フト、吉川さんは、気がついて言った。
〝……運転手の兵隊さんの姿が、見えないようだネ――〟
吉川さんは、妙なことを、気にしたものだ、と筆者は思ったが、折角、吉川さんが気にしているので、なにか思惑があるだろう、と思って、広い日本座敷の各部屋を廻って見た。居た、居た――玄関わきの四畳半の狭い部屋で、背の高い運転手の下士官が、腰に二枚の座蒲団を当てがって、足を投げ出して、独酌で飲んでいるではないか、傍には、日本料理のお膳がおいてあった。
〝先生!居ましたよ……玄関わきの部屋で、独りで飲んでいます〟
吉川さんは、手持無沙汰になったので、ものずきに、その部屋の様子を見よう、と言う――異国人が、日本酒を飲み、ぶきっちょうな手つきで、箸を使う格好に興味をもったようであった。
――ちょうど、吉川さんと二人で、開けっ放しの部屋を、のぞくようにして見ていた折柄、彼氏は大きな声で、副官のいる主客の部屋の方へ向って、叫ぶのであった。彼氏、日本酒に酔って、こんな叫び声をあげたら、副官に、ビンタを喰らわせられたら、気の毒なのに……と、吉川さんと、顔を見合せて、同情しながら、見守った。折角の、日米親善の催しなのに、主人側の中村さんも、困ることであろう、と人ごとならず、なり行きを心配した。
――副官は、叫び声のところへ、席を立ってきた。下士官の運転士君、なおも、少しもひるむことなく、大声で、しゃべり続ける。これを見て、酔払いは困る、いつビンタが飛ぶことやらと、内心ヒヤヒヤした。ところが意外――
反対な現象になってしまった。副官が彼氏に、手で制して、あやまっている様子だった。そして、席に戻って、ケーシー少将に、なにやら耳うちをした。少将は――-
〝ウフン、ウフン……〟
と、うなずいた。そして一言、副官になにごとかを命じた。
きびすを返すと、彼氏のもとに来て、なにかを詫びている風である。運転手の下士官は、長身を起し、得意そうな顔をして、のこのこと、なんと驚いたことには、将官と副官らの主客の広い座敷に、足を運んで、デンと、副官の横に席をしめてしまった。
そして、ケーシー少将は、女優らに、お酌をして、接待するように、と気を配った。彼氏は、これで満足である、と言わんばかりに日本酒を飲み直し、得意そうであった。――〝おれには、女優の接待がないのは、不平等であり民主的でない――〟と抗議したことが後でわかった。この風景を眺めて、吉川さんは、考え込んでしまった。
……余りにも、アメリカと日本の風習が違いすぎる。民主国家ということは、話では聞いていたが、今、目の前で見た民主々義の徹底した情景と、米将官が、現に自分達に示した民主的マナー、なんと胸のすくような気持のよいことであろうか――
日本が民主国家として、再建するには、旧態依然たる封建性を、徹底的にうち破らねばならない。それには、まず、皇室から範を示してこそ、アメリカ進駐軍が、日本を信頼するに至るであろう――そうすることが、皇室の安泰となり、日本国民も自然に封建的風習から脱却するようになろう。
ケーシー少将を接待する席に、画家の藤田嗣治や女優の高峰三枝子も呼ばれていたというのは、あまり知られていない事実であろう。
個人的には、作家の吉川英治が、運転手が宴会の席にいないことを気にしたというのが興味深かった。さすがは、苦労人である。