雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 7月2日(土)の2 「シネマイーラ」か「シネマワルイラ」か

2011年07月02日 20時59分08秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 7月2日(土)の2 「シネマイーラ」か「シネマワルイラ」か

 浜松の小さな映画館で「シネマイーラ」は僕も行く事があります。
 いい映画を上映してくれるいい映画館です。

 ぼくは天使ではなくて天の邪鬼(ジャック)ですので、
 そういう命名を見ると「シネマ悪いラ」をつくりたくなります。

 つまり、いい映画だけではなくて、悪い映画もちゃんと上映するのです。
 いい映画か、悪い映画かは、観客のみなさんで決めてくださいということです。

 本も同じで,良い本ばかり読まされた人は
 良い本と悪い本を分ける判断基準が自分の中に育ちません。

 人生が無限にあるものなら、
 図書館にある全ての本、世界にある全ての本を読んでしまいたいですが
 たぶん、読む速度は、新しい本が生産される速度に追いつかないでしょうね。

 そういう意味では、すこしはガイドとか案内人がいてもいいかな…。
 
 でも、基本的には、その食品が食べられるか、食べられないか、
 書いてある「賞味期限」に頼らないで、
 自分の舌で決めればいいんですよね。

 誰が「いい仲間」かも、一人ひとりが自分で決めればいいんです。
 
 ところで、あなたの仲間は、いい子?悪い子?普通の子?

 大問題は「いい」という基準は何だということですね。
 
 (この項,終わり。続きません)
 
 

本と映像の森 155 清水義範さん『博士の異常な発明』集英社

2011年07月02日 20時45分24秒 | 本と映像の森
本と映像の森 155 清水義範さん『博士の異常な発明』集英社,2002年3月30日第1刷、253ページ、定価1500円+消費税

 タイトルは、もちろん、スタンリー・キューブリック監督の映画「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」からだろうと思います。

 9つの短編集ですが、いちばんのおすすめは2つです。

 1つめの「文明崩壊の日」は、ごみ問題,特にぷらごみ問題の小説です。

 東京郊外に住む町の発明じいさん・並河敬三さん(80才)が、土壌の中に住んでいる細菌からペットボトルだけを急速分解する細菌を発見します。

 ごみ問題の解決としてとびついた企業が研究し始めた結果は…。


 2つめの「鼎談 日本遺跡考古学の世界」は、西暦12068年におこなわれた鼎談で、沈没したはずのニホン列島が再び浮上して考古学の分析にかかると…。

 傑作は、九州の博多付近にいたという証拠が出た「王さん」の話でしょうね。

 文献では3世紀にも卑弥呼という王がいたということはわかっていたのですが、今回の調査で20世紀にも「王」がいたという証拠が発掘されたのです…。

 せひ、お読みください。


雨宮日記 7月2日(土) 昼はコジュケイの声、夜は遠くで花火の音

2011年07月02日 20時33分07秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 7月2日(土) 昼はコジュケイの声、夜は遠くで花火の音

 則子さんは体調を回復、昨夜は日曜日の里山カフェの準備で,家の中のガラスコップやコーヒーカップを詰めて、今日運びました。

 里山は、里山ブログを見て相談してくれた若いご夫婦を迎えて「結婚記念植樹」をしました。

 お二人で選んだ「ゆず(柚子)」の木を里山に植えました。

 植樹の後、みんなでいろんな話をしました。

 里の家の間近で「チャット来い、チャット来い」という
 パソコンマニアのコジュケイの声がしました。
 (すみません、ふつうは「ちょっと来い、ちょっと来い」です)

 夜は灯火採集をするというみんなを残して、ぼくたちは家へ。

 途中、セイユー(西友)に寄って、夕食と則子の仕事の必要品と、明日のカフェの氷を入れるポットなどを買いました。

 夜、パソコンを打っていると,遠くで「ぽん、ぽおん、どん」という音。
 あ、花火だ!
 2階のベランダに出てみると、やはり家並みに遮られて見えません。

 下を見ると、則子さんと娘のiさんが出てきて遠くを見ていました。
 「おーい」
 「お父さん、そこで、花火見える?」
 「見えないよ」

 うちから見て真南ですから、海岸の当たり?
 どこでしょうか?

 


雨宮日記 7月1日(金) 今日は浜松市政100周年で平和都市宣言…

2011年07月02日 06時13分18秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 7月1日(金) 今日は浜松市政100周年で平和都市宣言…

 まだニュースで聞いた程度なので、全文を確認していませんが、鈴木康友浜松市長さんが「やっと」「平和都市宣言」をしました。

 「やっと」と書いたのは、康友さんの決断を高く評価していないのではなくて、それをずっと要求し続けた側の平和運動の努力を評価しているからです。

 浜松市の平和運動が浜松市に「比較平和都市」を要請し始めたのは、ぼくの記憶では、ぼくが浜松で平和運動に参加した1970年代後半だろうと思います。

 正確にいつから、どこで、どんな形で要請したのか、調べようと思います。

 「100年」のうち、その3割の時間=「30年」くらいを、ずっと要請し続けたわけです。

 そういう努力が実ったと言うことを評価したいと思います。

 平和の問題、核兵器の問題と、ぼくがブログで書いてきた人間の問題、古代史の問題、災害原発の問題などとどう関聯するか、余裕のあるときに書きます。

 今日は眠いので、これまで。


 3月に浜松市議会が宣言した決議全文は以下の通りです。
 
 もし違いがあれば、ここで報告します。

 「浜松市平和都市宣言に関する決議

 浜松市は、昭和20年の大空襲により、多くの市民の尊い生命を失った。
 先人たちは、その傷跡から力強く復興へと立ち上がり、卓越した英知と不断の努力によって、世界に冠たる技術と多彩な文化を誇る想像都市としての繁栄を築いてきた。
 そして、今日、数多くの外国人が住む都市として、多文化共生や国際交流を通じ、世界の人々と友好の絆を深めている。
 こうした経験を未来に担う子どもたちに伝え、戦争やテロリズム、核兵器等による脅威をなくし、地球上のすべての人々が平和に暮らしていける世界を築いていかなければならない。
 こうに、市制100周年を迎えるに当たり、恒久的な世界平和に貢献することを誓い、浜松市が「平和都市」であることを宣言する。
 以上、決議する。

 平成23年3月15日 浜松市議会」