玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

生徒10人の女子英学塾

2011年01月19日 | ねったぼのつぶやき

 日本の女子教育の先駆けとなる」というのが3人(梅子・捨松・繁子)の留学時代の夢だった。しかし11年の空白は大きなカルチャーショックをもたらした。母国語は覚束なくなっており、日本語の学習(とりわけ漢字の読み書きが難)に励んだ。当時男性の帰国者には高位の職業が用意されたが、女子の場合皆無に等しく、辛うじて得た教職すらも、経済的自立を目指すというより、男性に従ってといった儒教色の濃いもので梅子の理念とは程遠かった。

250pxsutematsu2c_alice2c_ukeko2c_sh そんな中で一段と「日本の発展は女性の地位向上から」と学校設立の思いは高まった。そして自分達の手で、自分達が理想とする学校に拘り、実質的な運営をする為2度目の留学を終えて、1900年遂に関係者(捨松・繁子・親類縁者・米国からの寄付金等)の支援を得て、「女子英学塾」を創設した。「坂の上の雲」に見られるように、この時代、政府から外国に学ぶ機会を与えられた諸氏の胸中には、「学んだ知識を社会に還元したい」という強い願いが刻まれていた。梅子が開校式で語った建学の精神は、今も変わることなく、津田塾大学の教育理念として受け継がれ ている。(左から梅子、アンリ、繁子、捨松)

 昨年は開校110周年にあたり10回余に及ぶ市民講座が開催された。各回とも多くの市民が参加していた。徒然に卒業生をチェックしてみたら放送界のアナウンサーや小説家が多く、その他森山真弓・赤松良子・犬養道子・円より子・戸田奈津子・田嶋陽子と女性のリーダー達が並んでいた。そして今日も彼女らに続かんと全国から集う乙女達が、私達がディケアの皆さんと小休憩をとっている公園の傍らを通り抜けている。

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