予報がはずれて期待した雨は降らなかった。緑道は土ほこりのために行き交う人達の足の運びも鈍くなりがちだ。庭にはボケ、カイドウ、ヤマブキが咲き、隣家にはミツバツツジがほんのり紅く咲いている。ムクドリの餌となっていた畑のチンゲン菜も茎が伸びて黄色の花をつけ始めヤマブキと競い合う。そういえば傍らに咲くスイセンも淡い黄色だ。この時期の緑道は西洋タンポポとヤマブキの黄色が鮮やかに目に飛び込んでくる。
名勝小金井桜は8代将軍徳川吉宗の時代に玉川上水沿いにヤマザクラが植栽されたのが始まりという。植栽後70年も経つと立派な花見の名所となり、江戸からも周辺の村からも大勢の花見客が訪れたという。平成5年の東京都教育委員会の調査によると約6キロの区間の両岸に1120本の桜が確認され、その約6割をヤマザクラが占めているという。今回の清明のミニ観察会は小金井桜の区間途中にある茜屋橋までの往復6キロの遠出となった。
ヤマザクラを見物しながら南側の右岸を下流に向かって歩く。折り返し点の茜屋橋の近くでは柵の中にイチリンソウが今を盛りに群れ咲いていた。ここまで来る途中に何度も見かけたニリンソウウに比べて予想以上に大きな花弁である。まさに今しか見られない鮮やかなイチリンソウだと感得する。いつものことだが案内者の鈴木さんに感謝だ。玉川上水をこよなく愛する鈴木さんは上水沿いには思い出の場所が数多くある。カワセミやエナガなどの撮影に成功した場所や、自分がほうり投げた種が大きく育ったクルミの木など思い出や痕跡が数多い。小金井公園の桜を見物に行くと思われる人とすれ違う。人々は頭上にある緑道のヤマザクラにはあまり目をくれようとしない。
立春に始まり雨水、啓蟄、春分、清明と「玉川上水の四季」の今年度のパンフレットはこれで5冊目になった。清明のパンフの「樹木のおはなし」にはつぎのような箇所がある。「清明の節気も終わろうとする頃に、緑道にオリーブイエローの絨毯が敷かれます。朝の散歩は絨毯の上を貴族になった気分で緑の御殿を歩くのです。この絨毯をよく見ると、コナラやクヌギの花穂が落ちたもので、すべてが雄花で、咲き終えた順に落下するのです。短い花の命が作り出す自然の作品は心休まる安らぎを与えてくれます。旧小川水衛所より下流は小金井桜と呼ばれるヤマザクラの名所で雑木林のクヌギやコナラはありません。縞模様の絨毯の光景に出合えるのは旧小川水衛所より上流になります」