孫娘は祖母が大きなハサミでツゲの生垣を剪定する作業を見ていた。私もやりたいと小さなハサミでささやかに葉を切り始めた。じっとしておれない性分だ。生垣に沿って植えられているハナミズキの葉の茂みの中に、なにやら異様なものを見つけたようだ。道路に面して2mぐらいの高さのところに一輪ざしの花瓶かまたは徳利を逆さにしたような物体が見える。近所の人たちも集まってきて蜂の巣だろうと騒ぎになった。スズメバチの巣をパソコンで検索すると初期の巣であることが判明した。市役所に電話をすると5時をまわっているので明日の8時半にあらためて連絡してほしいという。
あくる日の朝のことである。孫娘はかゆいかゆいと半ベソをかきながら起きてきた。首から胸にかけて、脊中と上半身にぽつぽつと赤い斑点ができている。ひざの裏も赤くなっている。とりあえずかきむしらないように三角布やハンカチを使って患部を氷で冷やすことにした。原因がはっきりしない。今日は学校よりも病院だ。近くの子育て中の母親に行きつけの皮膚科を紹介してもらった。どたばたの最中に先にアメリカに帰国した母親からスカイプが入った。画面にはママと妹がにこにこ顔で並んで写し出されている。下向きの孫娘はしばらくの沈黙のあとで大粒の涙を流した。「わたしママが欲しい!え~ん~え~ん」
市役所の環境保全課に電話が通じた。スズメバチの巣の駆除は2時から4時の間になるという。1年生の孫娘を迎えにきた監視役の6年生の男の子に今日はまず病院へ行くことを話し、れんらくノートを託した。3つ目の駅で電車を降りて隣町の皮膚科の受付窓口に着いたのは9時を少し過ぎていた。診察開始は10時で、あなたは10番目の受付だから診察は10時半以降になるという。1時間余りの待ち時間をどう過ごすか。近くを流れている野火止用水を散策することにした。用水には大きなコイや小さなフナが泳いでいた。用水の草刈りや樹木の剪定などの作業をする人たちの姿もある。こんな時刻にこんな場所を孫娘と歩いていることが不思議に思えた。自販機で手に入れた冷たい飲み物をそれぞれ飲んだ。
アジサイがところどころに咲いていた。アジサイを覚えてもらおうと二度三度「これはアジサイだよ」とくりかえす。病院に戻ると待合室のすべての椅子には人が腰かけせまい出入り口に立っている人もいた。診察室で医者は即座にツバキに発生するチャドクガ(毛虫)によるものと断定した。チャドクガは毒針毛を持ちその風下にいるだけで被害にあうことがあるという。評判の医者はその場で孫娘の患部に塗り薬を擦り込み、体重を測定して塗り薬3本と飲み薬の5日分を処方した。たしかに我家ではつい先日にサザンカの毛虫に私が殺虫剤をかけポトリポトリと落ちる毛虫を子供たちが見ていた。無知がなせる業だったと反省した。病院から戻りいくらか明るい気分で孫娘と私は窓越しにスズメバチの駆除を見学した。報告によると女王蜂は出かけていたらしく巣の中は空っぽだったという。(上はゴーヤ下はキンカンの実とスズメバチの巣)