玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*郷土と国の歴史

2020年03月16日 | 沖縄のこと

 上間氏は古事記や日本書紀ができたころの、天智、天武、持統から聖武天皇にいたる歴史を根底から覆してみせる。私はその開拓された地平に対して専門家が参入してきて議論百出となることを夢想したりする。そうなればこんな愉快なことはないのだが。呉王夫差の名には記憶があった。「臥薪嘗胆」は将来の目的のためにつらい苦労をするという意味だ。たきぎの上に寝た呉王夫差、苦いきもをなめた越王匂銭の故事からきている。

 紀元前97年に司馬遷が完成させた「史記」は、前漢までの2000年の歴史書である。よく知られた話が多い。先の「臥薪嘗胆」がそうだし、秦の始皇帝の死後、天下をふたつに分けて戦った項羽と劉邦の戦いは「四面楚歌」の語源だった。晋の陳寿(232~297)の手による「三国志」は「魏志」「呉志」「蜀志」の三部構成で、晋が統一を果たすまでの100年間の歴史書だ。ちなみに「魏志倭人伝」とは「魏志」に出てくる話だ。また「三国志」には蜀の劉備が三顧の礼で諸葛孔明を迎えた話もある。(大根と米糠)

 

 一冊の読書がさまざまなことを呼び起こす。島尾敏夫の著作「ヤポネシア考」に石牟礼道子との対談がある。「あやはびらというのは〈生き魂〉ですか?」「アヤは模様、ハベラというのは蝶ですね。しかし蝶はマブリでもあります。マブリには〈生き魂〉と〈死に魂〉がありますけれども、蝶はそれらの象徴のように言っているようですね。そしてそれはまた三角形で表します。ですから三角模様というのが、色んなものについています」このたび沖縄民謡唄者の上間綾子(34歳)さんの「綾蝶(あやはべら)」をYouTubeで聞いた。

 吉本隆明には「南島論」がある。単行本「どこに思想の根拠をおくか」につぎの記述がある。「本居宣長が古事記にあらわれた8世紀以降の日本を問題にしたように、また天皇制に文化的な価値観(漢学的な美意識)を収斂させていった三島由紀夫のように、歴史的に〈天皇制〉を問題にするとき、歴史以前の視点を包括する眼で問題にしなければ、南島の問題やアイヌの問題や在日朝鮮人の問題を包括することはできない」(完)

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