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インドネシアの絣(イカット)-イカットのプロセス(1)絣括り- 富田和子

2017-08-03 09:35:42 | 富田和子
◆[絣括り]

 [絣括り] 糸を染める前に防染部分を作る作業を絣括りと言う。模様(図案)に合わせてひもやテープなどで糸束を括り、染料が浸透しないようにして糸を染める。

[染色後] 糸を染めたあと括った部分を解くと、染料が浸透せずに白く残り模様が現れる。 このようにして染め分けた糸を機に掛けて織ると絣模様となって現れる。


◆絣括り:ロテ島 白く残す部分は青いテープ、赤く染める部分は赤いテープで括ってある。まず全体を黒で染め、次に赤いテープを解き赤を染め、最後に青いテープを解くと黒地に赤と白の絣模様が出来上がる

◆刷り込み技法による絣糸作り:バリ島

◆経緯絣の緯糸の絣括り:バリ島

◆紙に描かれた図案:サブ島

◆経絣の絣括り:スンバ島

2006年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 40号に掲載した記事を改めて下記します。

インドネシアの絣(イカット)-イカットのプロセス(1)絣括り- 富田和子

 ◆織る前に糸を括る
 経糸と緯糸によって作られる織物に模様を表すためには様々な技法がある。平織、綾織、捩織(もじりおり)、二重織、紋織、浮織、綴織(つづれおり)などの糸の組織を変化させたもの、縞模様や格子模様などの糸の配色によるもの、また各技法を組み合わせたりもする。 「絣」も数ある織技法の一種であるが、糸を染める前の準備の段階で「絣括り」を行うということが、織りながら模様を作り出していく他の技法とは大きく異なっている。つまり、絣の重要な技法は模様を表すため、織る前に糸を染め分けることである。

[絣括り] 糸を染める前に防染部分を作る作業を絣括りと言う。模様(図案)に合わせてひもやテープなどで糸束を括り、染料が浸透しないようにして糸を染める。

 [染色後] 糸を染めたあと括った部分を解くと、染料が浸透せずに白く残り模様が現れる。 このようにして染め分けた糸を機に掛けて織ると絣模様となって現れる。

インドネシアの絣は一般的にイカットと呼ばれているが、本来インドネシアには絣を意味する共通語はなく、それぞれの地域ごと、あるいは民族ごとに異なる独自の名称で呼ばれている。「イカット」とはインドネシア語で「結ぶ・括る・縛る」という意味であり、この言葉がインドネシアの絣織物の総称として転用されるようになったのも、絣括りが他の織物とは異なる特徴的な技法であることを示している。そして、「イカット」が現在「絣」を表す世界共通の染織用語として使われていることは、インドネシアの絣の豊富さを物語っている。

◆イカットの種類
 イカットは絣糸の用い方により、次のように分けられる。

 ※経絣(たてがすり)…経糸のみに絣糸を使って織ったもの
インドネシアでは経絣が最も多く制作され、各地で織られているが、中でもバリ島の東に位置するヌサ・トゥンガラ地方の島々では、今でも木綿の経絣が盛んに織られている。織機は数本の棒から成るシンプルな腰機が使用されている。かつては糸紡ぎから、天然染料による糸染め、織りに至る全行程に渡って、自給自足的に各家庭ごとに制作されていたが、現在では糸は市販のものを使う場合も多い。また、地域によってはすべて化学染料に変わってしまったり、あるいは、絣部分は天然染料で染め、無地や縞模様の部分は市販の色糸を使用するところもある。

 ※緯絣(よこがすり)…緯糸のみに絣糸を使って織ったもの
バリ島、スラウェシ島、スマトラ島など一部の地域で木綿、または絹の緯絣が織られている。括り技法と刷り込み技法とが併用され、多色使いのものが多い。糸を何色かに染め分ける場合は、他の染液で染まらないように色ごとに括って防染しなければならないが、括る作業はとても手間が掛かるので、刷り込み技法も行われている。棒の先に糸を巻き、染料を染み込ませて、糸束に直接染料を刷り込む方法で、化学染料ならではの技法である。飛杼装置を備えた高機で織られ、工房や小規模な工場で分業され、量産されている。

 ※経緯絣(たてよこがすり)…経糸と緯糸の両方に絣糸を使い、双方の糸を織り合わせて模様を表したもの
経緯絣はバリ島東部のトゥガナン村で唯一織られている。手紡ぎによる木綿糸を用い、経糸、緯糸共に絣括りを行い、天然染料による糸染めで伝統的な模様が伝承されている。織機は経絣と同様にシンプルな腰機が使用されている。基本的には各家庭ごとに制作されるが、手紡ぎによる木綿糸はバリ島隣ののプニダ島で作られ、藍染めに関してはこの村で染めることを禁じられており、近くのブグブグ村で一件だけ藍染めを行っている家に委託する。

◆今日の絣括り事情
本来、布を織るのは女性の仕事である。イカットが織られている地域の各家庭では、母から娘へと技術が受け継がれていく。仕事をする母の傍らで子供達は遊び、幼い頃から見よう見まねで手伝いをしながら育つ。 私達が絣括りを
するときには、方眼用紙に描いた図案はなくてはならないものだが、子供の頃から習い覚えた彼女たちにとっては必要のないものである。一般的にはまっさらな糸束を迷うことなく、経験と勘により括っていくが、それも地域の事情によって多少の違いがある。

 バリ島トゥガナン村では、絣括りの一単位の糸束をを横線と見なし、煤を水で溶いた液で縦線を描き加え、糸上に升目を作る。絣模様の図案として、刺繍のキャンバス地に、実際に染め分ける色と同じ黄・赤・黒の3色の毛糸でクロスステッチをしたものが作られており、経糸、緯糸と共に同じ図案を使う。経緯絣を織るためには双方の糸を正確に染め分けなければ織り合わせることができないので、より正確な図案が必要になるのではないかと思う。

ロテ島・サブ島では、他の地域では見たことのない紙に描かれた図案があった。3㎜ほどの細かい升目だが、島には方眼紙が無いので、紙に自分で線を引いて作った方眼紙である。1枚の布のデザインとしての図案というわけではなく、いろいろな模様が部分的に描かれており、図案集のようなものである。 同じスンバ島でも、それまでは図案や下絵を見たことがなかったが、ある村では糸に直接下絵を描き、赤と青で色分けもされていた。しかも、括り手は男性で3人がかりである。イカット作りは女性の仕事であり、例えばフローレス島では、男性が機織りをすると水害などの災難が起きると言って嫌がる村もあった。インドネシアの中でもスンバ島のイカットは有名で、巨石文化とイカットを目的とした観光客が訪れることも多い。経済価値が生まれることによって、最近では男性もイカットの制作に関わるようになったという。彼らが絣括りをするためには糸に直接下絵を描くのが最も最善の方法なのであろう。 括る素材には、椰子の葉の内皮が用いられていたが、現在では荷造り用のビニールテープで括る方が多いようである。自然の素材は染めるときに水分を含んで収縮し・u栫Aより固く締まって良いのだが、扱いが難しいという。裂けたり、切れたりしないように水で濡らしながら括る。合成品のテープは丈夫で、色数もあり、染め分ける色に合わせてテープの色も変えられるので便利ではある。 インドネシアでの絣糸を作る技法は手で括る方法と、直接染料を糸に刷り込む方法の2種類だが、日本では括りと刷り込みの他に、粗く仮織りした糸に捺染(プリント)をして再度織り直す「ほぐし絣」、絣模様に合わせて板に溝を掘り、糸を挟んで圧迫して防染部分を作って染める「板締め絣」などの技法もある。また、糸を括る点では同じであるが、一模様単位に種糸を作り、それに合わせて括る絵絣、括った糸を染めた後に経糸をずらして織機に掛けたり、織るときに緯糸をずらしながら絣模様を表す「ずらし絣」など様々な技法がある。また、手で括るのと同様の作業に動力を導入して絣括り機も各種開発されており、「手括り」に対して「機械括り」による大量生産も可能である。  インドネシアのイカットは「手括り」が主流である。ひたすら糸束を手で括り、防染して模様を作り出す方法は、最も手間の掛かる、効率の悪い方法ではあるが、絣の原点であり、基本である。織り上がった絣の布の醍醐味…面白さ、自由さ、味わい深さ…といった魅力が最も味わえるのも、この方法にあるように感じる。「絣括り」は大変な作業だが、手間を掛ければ掛けた分だけ、また、大変な思いをすればした分だけ、その布には力強さがある(宿る)ものだと、改めて思わされるのである。