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「古代アンデスの染織と文化」-アンデスの紐・Ⅱ-  上野 八重子

2017-08-23 09:47:20 | 上野八重子
◆写真 4飾り紐( 豊雲記念館蔵)

◆写真1.頭飾り紐 豊雲記念館蔵

◆写真2.飾り房(環状ルーピィング)豊雲記念館蔵


 ◆図1.環状ルーピィング

◆写真3.ポンチョの縁に付けられた飾り紐  豊雲記念館蔵

◆図2

◆図3.



◆写真5.飾り紐(口ばし、頭部分、尻尾、の芯)  豊雲記念館蔵


◆写真6.飾り紐(蕾、戦士の鼻に綿を入れボリュームを出す)  豊雲記念館蔵


◆写真7.貫頭衣  豊雲記念館蔵

2006年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 42号に掲載した記事を改めて下記します。

「古代アンデスの染織と文化」-アンデスの紐・Ⅱ-  上野 八重子

 ◆紐・帯?
 紐と帯の区別はどこで決めるの…?幅、太さ、長さなどの基準は? ふと素朴な疑問がよぎり広辞苑を引いてみました。
帯=着物の上から腰に巻いて結ぶ細長い布。
紐=物を束ねまたは結びつなぐ太い糸、また細い布、皮など。
とあります。大まかに言えば紐も帯も言い方の違いだけで巻く、結ぶ為の細い布だという事でしょうか。しかし、それ等の使い方以外にアンデスでは房飾りに使われ、様々な技法を用いています。
(写真1)頭飾り紐(長さ5㍍幅3㌢)の両端に付けられたルーピングによる飾り房。6本の紐部分、上側の幅広部分、下側の顔文様部分共に色糸を替えながら環状にルーピングしています。
(写真2)遊び心満点の飾り房・環状ルーピング
※環状ルーピング
一番簡単な技法と言えるでしょう。スタート紐にループを作り、次の段は前段の根元をすくいます。
環状にグルグルと下に進んでいきます。見た目は編物のねじりメリヤスと同じです。

◆ ルーピング
 紐からちょっと脇道にそれますが、ルーピングの話をしてみましょう。
 ペルーの南端、アレキーパの町からアメリカンハイウエー(NASAが月面着陸の訓練をしたという砂漠、その中を通る真っ直ぐな道)を車で7時間。そんな海岸地帯にナスカの町はあります。紀元前から紀元2~300年にかけて文明が栄えた所で、有名な地上絵があり今も観光客で賑わっています。
砂漠の中にある町イカは隣町のナスカに比べると立ち寄る人も少なく、そんな寂れた町に国立イカ博物館があり、珍しく展示品の写真撮影がOK。
墓の発掘品がほとんどなので埋葬状態のまま白骨化し、重ねた衣類をまとった骸骨が何体もあり写真撮影がOKとは言うものの、さすがにシャッターは押せません。そんな展示品の中に、鳥や花を3センチ程に形取り、それが幾つも連なり…となんとも可愛らしい物を見つけました。当時、編物しか出来なかった私の目には裏も表も表メリヤス編みに見え、「環状のものがピタッとくっつき1枚の生地に見えている」などとは思いもせず、編み人ゆえの見方をしていて何とも不思議な編物と思えたのでした。 
それから数年後、小原流芸術参考館(現、豊雲記念館)で同じ物を見つけ、その技法がルーピング(単一掛環組織、縫い編みとも言う)でポンチョ(外套衣)の縁にグルッと付けられている装飾品の一部とわかりました(写真3)。これを初めて目にした人は必ず「可愛い~、1つ欲しいっ!」と叫んでしまうのです。
では、どうして欲しくなってしまうのでしょうか。

※色が鮮やかな事、配色が自由である事。 自分の持っている感覚と違う魅力
※形も千差万別、だが抽象的ではなく動植物とわかる程度の簡略化。(写真4)
※小さい(鳥で丈3センチ位)ループ密度=6段10目/1センチ

等、綺麗、可愛い、面白いという見た目の欲しさ。
でも、それだけではこれほど気をそそられないと思うのです。他に何があるのでしょう! 
ループ密度を見てわかるようにキッチリと詰まった目の根元をすくっていくのはとても大変だったはずです。染色、紡ぎ(アルパカS撚り双糸)、ルーピング、針。そのどれもが完成度から見ると現代でも通用すると言っても過言ではありません。しかし、ルーピングを好んで作っていた時代は紀元1世紀頃なのです(日本は弥生時代)。この時代に多色を染め、色と文様を自由に操り、衣服の装飾にまで気を配れていたなんて…何という優れた感覚を持つ民族だったのでしょう。またもや脱帽です。それらの技が凝縮されて私達に「魅力」として伝わってくるのではないでしょうか。
 この縁飾りが多く出土しているのはナスカ近辺に集中しています。ナスカは海岸地域。しかし、紡がれてる糸は標高3500メートル以上に生息するアルパカ。
単純に考えれば山と海住人による物々交換と思いがちですが、アンデス歴史学者説では「遠隔地の産物を交易によって取得するのではなくコロニーを形成して、あくまで自集団の手で獲得しようとした」とあります。垂直に分布する高度の異なった環境を利用したということです。要するに「海から山のてっぺん迄、おらが村だ!」ことなのでしょう。 そう考えると染色に藍色が使われていますがアマゾンの藍なのか、それとも秘密の土なのか、地理的な事を考えるとその経路が気になってきました。

◆表情を出す為の細工
 緻密な表面、表情を作り出す為に考えられた内側の細工とは。
※ベースとなる紐状部分の内部には木綿平織りの 細い芯が入っています(伸び止めの役)
※口ばし、尻尾、頭部分の芯(写真5)
※蕾、戦士の鼻には綿を入れボリュームを(写真6)
※きれいなループを作る為にはS撚り糸の場合、左 方向への環脚を上にします(図1)
※使わない色糸は環の中に入れておきます

◆もう一つのルーピング
 ルーピングには前述のループの根元をすくう方法の他にループの間をすくうものもあります。
紀元前6世紀に作られた貫頭衣(写真7)や帽子に使われている技法で、これもきれいなループを作る為にはS撚り糸の場合、左方向への環脚を上にします。当然,Z撚り糸は右方向が上になる訳です。
もし逆にした場合、作業は楽になるのですが撚りが戻って緩めのループになってしまいます。
紀元前の古代人が既にしっかりと撚りを頭に入れ、美しい仕上がりを考えて仕事をしていたのを知ると、情報ではなく体で会得する大切さをあらためて感じさせられます。
また、アンデス技法のほとんどは手作業の為、実際にやってみると気が遠くなるような時間と大変な作業となり、「こんな筈では…」という事もあるかと思います。しかし、これらアンデス技法はただ再現を目的にするのではなく、様々な技法がある事を知ってもらい、その一部でも個々の作品の中に取り込んでもらえる事を望んでいます。そんな思いから毎回、技法を紹介させてもらっています。次回は又、違う紐をご紹介しましょう。