◆スンバ島東部 経絣、昼夜織の布を2枚接ぎ合わせ、カバキルを織り加えた布
◆スンバ島東部
カバキルが織り足されたイカット
カバキルが織り足されたイカット
◆縞織のカバキル
◆昼夜織のカバキル
◆絣織のカバキル
◆カバキルの製織
◆カバキルの製織
◆イカットと組み合わせた昼夜織の製織
◆イカットとパヒクンとの組み合わせ
◆経糸紋織(パヒクン)部分
◆スンバ島西部のイカット
◆白い無地の布の織端に太いトワイニング
2007年1月10日発行のART&CRAFT FORUM 43号に掲載した記事を改めて下記します。
『インドネシアの絣(イカット)』- イカットのプロセス 〈Ⅳ〉コンビネーション combination -前編 富田和子
絣の宝庫であるインドネシアの島々で、イカットを織るのに使用される織機は、数本の棒を用いただけの最も原始的といわれる織機であった。輪状の経糸を切ることも崩すこともなく機に掛け、織ることができるこの織機はシンプルな構造であるが故に、絣模様の自由な表現を可能にしてくれたが、他の技法にとっても同じことは言え、イカット以外の自由な表現にも一役買っているように思われる。
◆カバキル(Kabakil)
人物や動物などの具象的な模様が独特のスンバ島のイカットには、他の島では見られない「カバキル」を織り加えた布がある。 カバキルとは布の両端の房の部分にある、幅5~6cm程のベ ルト状の飾りのことである。 本来は布端の緯糸がほつれてこないようにする始末であったものが、次第に装飾的に手の込んだものに発展し、さらに布の価値を上げることになる。カバキルは支配者階級や儀式用のイカットに多く使用されたという。織技法には同じイカットの他に、縞織や昼夜織などが見られ、独特のコンビネーションになっている。
スンバ島東部カンベラ地方の村で、カバキルの製織を見ることができた。家の入口に竹の棒を渡し紐を掛け、その紐に短めの先端棒を取り付け、カバキルの経糸が通してあった。すでに4分の1ほど織られたカバキルの部分は、布と共に1本の手元棒に巻き込まれている。まだ織られていない布端は前に伸ばした足の指で挟み、布をピンと張った状態にする。そして、織り上がった布の経糸である房を4~5本ずつ器用に拾い上げ、緯糸として織り込んでいく。 細長いカバキルを織るために、綜絖と中筒は専用の竹製の道具を用 いていた。この道具には割れ目があり、綜絖糸や経糸を簡単に掛けることができ、しかも、手を離した時にも滑り落ちることのない便利なものであった。
布を織る場合、経糸が経糸のままで完結するのではなく、 残った経糸が緯糸にもなり得るという自由な発想がカバキルにはあり、経糸さえあればどこにでも綜胱を取り付けて織ることができるという腰機の特性をよく表している。腰機はシンプルな構造故に、織り方の可能性も広がり大変興味深い。
◆様々な技法の組み合わせ
島ごと地域ごとに様々な表情を見せるインドネシアのイカットは他の技法と組み合わせて織られた布もよく目にすることがあり、またそれがインドネシアのイカット特徴のひとつでもある。1種類の技法だけでは満足できず、布に価値を加え、より美しくするためにイカットやソンケットやその他の技法を組み合わせて織られたこれらの布は、インドネシアでは「コンビナシ(combinasi)」と呼ばれ、ステイタスを与えられている。
以前にも述べたように、絣(イカット)も数ある織技法の一種であるが、他の技法と大きく違う点は、糸を染める前の準備の段階で絣括りを行い、糸を染め分けることで模様を表すということである。実際に織る段階の技術としては極単純な平織りであるため、織りながら模様を作り出していく他の技法と組み合わせて織りやすいことも様々な技法の組み合わせをが多く見られる要因である。併用される他の織技法としては経糸紋織、緯糸紋織(緯糸浮織、縫取織)、変化組織(昼夜織、綴織)などがある。
◆自在に操るコンビネーション
各民族、地域ごとに特色のあるイカットが織られているインドネシア、中でも特色あるスンバ島のイカットはよく紹介されているが、それはほとんど、スンバ島東部の地域で制作されているイカットである。同じ民族とはとても思えないほど、スンバ島のイカットは島の東部と西部で大きく異なっている。東部では精霊信仰の象徴として人物や動物などの具象的模様が特徴であり、人や動物が布一面に自由に生き生きと表現されている。パヒクンと呼ばれる経糸紋織や昼夜織との組み合わせも多く見られ、さらに織り端にはカバキルが加えられ、実にぎやかな布である。
※経糸紋織=パヒクン(Pahikeng)
経糸紋織は地を織る糸のほかに模様のための経糸を用い、その経糸を竹べらなどで拾い、浮かせて模様を表す織技法である。スンバ島、 バリ島、ティモール島などで織られてきたが、バリ島で はすでに途絶え、ティモール島でもあまり見られない。唯一、スンバ島東部では「パヒクン(pahikeng)」と呼ばれ、現在でも盛んに織られている。イカット同様、具象的な模様も幾何学的な模様も自由に表現され、パヒクンだけで織ったものと、イカットと組み合わせたものと両方制作されている。
パヒクンはとても手の込んだものである。地を織るための綜絖と中筒、さらに紋織(模様)をのめの綜絖を取り付け、丹念に模様となる経糸を拾い、浮かせて織っていく。また布の裏側には模様のための経糸が浮いた状態になっているので、裏側の浮糸を押さえるために地織りとは別に細刀杼を入れ、中筒開口の要領で開口部を作り、押さえ用の緯糸を定期的に織り加えている。どのようにして、このように複雑な織り方を会得したのだろうか。イカットもパヒクンもカバキルも、スンバ島東部の人々は織機の可能性を探り出し、自由自在に操って見事な布を創り出していた。
※スンバ島西部のイカット
同じ島であり、同じスンバ民族でありながら、東部と西部のイカットは全く違う表情を見せている。西部のイカットの模様は幾何学模様で、部分的に使われている場合が多い。イカットよりもむしろ無地や縞模様の部分の面積が大きく、色も藍や黒地が多いので布全体はとてもシンプルである。織り端の始末として東部ではカバキルが織られているのに対し、 西部ではトワイニングが行われている。また、東部ではパヒクンと呼ばれる経糸紋織や昼夜織との組み合わせも多く見られるが、西部ではこのような他の織技法は全く見られない。
※トワイニング(twining)
トワイニングの原形である英語のtwineという言葉の意味には、縒り合わせ、編み合わせ、絡みつかせる、巻き付ける等の意味があるが、トワイニングは2本の別糸を用い、経糸を挟むようにして編んでいく技法である。異なる2色を配色し模様を表すと、一見メリヤス編みのようにも見える。織り端の始末として、簡単なトワイニングは他の島でも行われているが、写真のように太く、しっかりと編み込み模様が表されているのはスンバ島西部の特徴であり、さらに他の地域では見られない真っ白な大きな無地の布とトワイニングとの組み合わせはとても印象的であった。インドネシアの中でもスンバ島は、東西で両極端のイカットが見られる島である。[続く]