南無煩悩大菩薩

今日是好日也

あ、うん。

2020-10-09 | 世界の写窓から

(photo/Shoji Ueda. Untitled, 1983-1984.)

私の心を連れて行って。

Take my heart when you go.

いや、それはできない、俺の心を置いていく。

Take mine in its place.

J.S. Bach: Triple Concerto in A minor BWV 1044 [I Barocchisti]

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こころもちのこと

2020-10-08 | 世界の写窓から

(photo/source)

蒙昧なるときを切り抜ける術、そこに必須の心持は、

気にしないで、気を付ける、ということだと、誰かが言っていた。

なるほどそのとおりかもしれぬ、然し、時と場に幸縁これなく穏やかならざる心持、時にはきたる。

折に肝要なるは序でいずれ黙過斯くの如し事前のこころざしであり、真剣にはなっても、深刻にはならざるの心持、時をうっちゃるの極意成る哉。

例えば、COVID-19,についてもスウェーデンの言うように日本でもすでに集団免疫を獲得しているとされる見解もある。

集団免疫とは、ある集団が弱者となった誰かを守っているという構図でもある。面白いではないか、免疫獲得者がもしかしたら私の大嫌いな人達であったとしても自分をウィルスから護ってくれる盾として奮闘してくれているのかもしれないと思えば、嫌いの心持も変わるというものだ。

人間は否も応もなく、繋がらずに生きていくことは出来ない。そんなこころもちをこのパンデミックは教えてくれている。

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やあ、こんにちは。

2020-10-01 | 世界の写窓から

(photo/source)

真に自由と覚えるのは、疑いを抱いた瞬、自分の基本衝動に対して、それを疑い変えようとする力が残っている瞬。

記憶は貴重なものではあるものの、しばしば自分をも裏切る。

何であれ誰であれ、巡り知り、合った瞬、私はその互いにいいおくりものをする関係を望むにしても、それは今までの習慣を超えていく。

それは選択という言葉に代表され抽き出される、新しいフレッシュな香りのするなにものかである。

今日は。という言葉にはそんな響きがある。

Hello - Adele (Reggae Cover) - Conkarah and Rosie Delmah

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羊は狼の夢を見るか

2020-09-28 | 世界の写窓から

(picture/source)

「つらい とても」

「望むならその感情は消してやれる」

「望まないわ。この苦しみ喪失感が、彼らを感じさせる。悲しみは自分を小さくさせると思う?心がつぶれてしまう?それは違う。自分の中の空間が広がる感じがする。新しい部屋を探検するような」

「それは素晴らしいことだ」

「私の考えは、おかしい?」

「いや、だが決めるのは私だけじゃない」

「助けてくれる?」

「君の望みは何だ?」

「分からない。でもこの世界は、どこかおかしいとおもう。何かが隠れているような。それとも・・私がおかしいのか」

ー引用/「ウェスト・ワールド」より

では
死ねと云われたら
死ぬ気なのかときくと
奴はかぶりを振って云った
死ぬまで待つ気なら
死んでもよい

ー山之口貘「奴」

Hassak - Аманат

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くびき

2020-09-24 | 世界の写窓から

(photo/source)

子どもの頃、両親と見世物に行った。そこで大きくて力強い象たちを観た。象は杭に繋がれていた。地面から杭を引き抜くことも出来るのに、簡単な杭で繋ぎとめられていた。

僕はそれが理解できなかった。すると父はこう説明してくれた。

象は小さく力のない頃から杭に繋がれ、その頃はとても引き抜けなかった。だから大きくなっても二度と引き抜こうとしないのだ。

[OFFICIAL VIDEO] The Sound of Silence - Pentatonix

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持続可能な社会

2020-09-22 | 世界の写窓から

photo/Zo'é people )

ブラジルの先住民にゾエ族と呼ばれた人たちがいた。

彼らの暮らしは天国だ。

女性は夫を3~5人持てる。夫にも複数の妻がいた。

女性には、狩人の夫や漁師の夫農業に従事する夫がいたし、妻を手伝うための家事専門の夫もいた。

女性が権力を握り、一部の男性よりかなり高い地位を占めていた。

source/Sebastião Salgado)

誰もえらくないし誰もえらそうにしない。

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喩えば暗と隠

2020-09-18 | 世界の写窓から

(picture/source)

嘘は河豚汁ふぐじるである。

その場限りでたたりがなければこれほどうまいものはない。しかし中毒あたったが最後苦しい血も吐かねばならぬ。

その上嘘はまこと手繰寄たぐりよせる。黙っていれば悟られずに、行き抜ける便たよりもあるに、隠そうとする身繕みづくろい、名繕、さては素性すじょう繕に、うたがいひとみ征矢そやはてっきりまとと集りやすい。

繕はほころびるを持前とする。綻びた下から醜い正体が、それ見た事かと、現われた時こそ、身の※(「金+肅」、第3水準1-93-39)さび生涯しょうがい洗われない。

ー夏目漱石「虞美人草」より

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鯔背だね、のこと。

2020-09-13 | 世界の写窓から

(picture/source)

人、鯔背(いなせ)と感じるはなんぞや。唇に非ず鼻腔に非ず姿態にあらず。

なるほど人いずくんぞ隠さんや、人間のうちで眼ほど活きている道具はない。

人に存するもの眸子より良きはなし,である。

眼というものは、唯一外にさらされている内臓である。隠しようがない。

口もとを隠さざるを得ない今日こそきわたつような、新しい美意識を呼ぶかもしれぬ。

め組のひと / 倖田來未 (Cover) [高音質] フル

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手に入れてみたい力

2020-08-19 | 世界の写窓から

(photo/source)

現実を受容する能力(Allowing)、起こっていることを、起こっているままに受け入れる能力。

自分に対しても他者に対しても、オープンで柔らかい態度で経験と向き合うということ。

受け身の姿勢や弱さの表れではなく、過ぎゆくこの瞬間に生起していることを直視する能力。

これができなければ、自分や他者を批判的に見てしまい、実際に何が起こっているかを見誤ることになる

私が思ってきたもの、そうではない力。

*allowing:allowの現在分詞。(…を)許す、 (…の)入るのを許可する

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Always look on the bright side of life

2020-08-08 | 世界の写窓から

(photo/source)

どっこい、おっさんたちは生きている。

「地べた」でしぶとく生きている。

人生の苦渋を吸いすぎて、メンマのようななってもおっさんたちは生きている。

“The best fighter is never angry.”     ― Lao Tzu

Bella Vocè Africa (Beautiful Voices of Africa) - Carmen Mix

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我々の宿しているもの。

2020-07-12 | 世界の写窓から
(photo/source)

セルクナム族はとても複雑で興味深い部族です。

彼らの絵は宇宙全体を表している。宇宙を絵と言う形に変容させて体に描いたのです。セルクナム族にとって星は祖先の魂だ。

人間が心の奥底で探しているものは、自分たちの祖先です。宇宙をもっと身近な存在にしたいのです。

どちらも同じだ。祖先や戦士の魂として星を見ることで、彼らはすぐ近くに宇宙の存在を感じられました。死者はそこにいるとね。

では、人間の願いとは?

望遠鏡や宇宙探査機を使って探している夢は、宇宙を近い存在にすることです。

宇宙への深いノスタルジアから技術の進歩は生まれた。すでに知っているものを再び取り戻すためだ。人間が本質的に知っていて懐かしく思うものをね。

―ラウル・スリタ

1883年に入植者たちが到来した。

金鉱目当ての山師、軍人、警官、牧畜業者、カトリックの宣教師、何世紀も水と星と共に生きてきた原住民たちは、その世界が崩壊する悲劇に直面した。

そして信仰と言語とカヌーを奪われた。彼らが着せられた古着には文明が持ち込んだ病原菌が付着していた。それが原因で50年以内にほとんどが病気で死んだ。

生き残った者たちは「先住民狩り」の標的になった。「睾丸一つに一ポンド」「乳房一つに一ポンド」「子どもの耳一つに10シリング」だった。

私は自分にこう問いかける。「ほかの惑星でも同じことが起きたのか?最も力を持つ者は、どこの星でも他者を支配したのか?」

たった20人になった末裔は言う。「神」という言葉は私たちにはありませんでした、神を持たないから。「警察」という言葉もありませんでした、私たちには必要ないから。

ー引用/真珠のボタンより

Taisen Deshimaru - Maka Hannya Haramita Shingyo  

我々はどこからきて、どこにいこうとしているのか。

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ちょっと、 Square

2020-06-23 | 世界の写窓から
(photo/source)

スクエアーとは、広場、多くの人々が顕著する場、または英語圏の俗語で、堅物、わからず屋、保守的な人物、エスタブリッシュメント、上流階級の人間などの意。ヒップと対置される。といった概念らしい。

どちらにしても、人が集まり注目度の高いところの露出は底知れぬ価値があり、多大なる影響を与えうる。

お金があれば、もしくはお金と言う価値の詐欺を働こうとするときの手段としてそれを行使しようとすれば、手っ取り早いのが宣伝であった。

歴代の場で展開された宣伝の興亡変遷の歴史を我々は多く見て来た。物言わせしめたものたちの歪めるプロパガンタの場末に向かう最後のあがき、もしくは墓場、と捉えようとすれば今までも今もその経緯は面白い体積として重みを持っている。

すべてではないが、ネット社会でも未だ後ろめたいマイナーを晴れやかなメジャーに変える辻として利用できるところはいたるところで高い価値を持って存在する。

いやなに、別に他意のある話をしているわけではございません。
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解釈を学ぶ。

2020-06-15 | 世界の写窓から
(illustration/source)

たとえば、赤ずきんちゃんの無明はオオカミをおばあさんと間違えるような大チョンボより、おかあさんの言いつけを勝手に解釈してしまったところにある。

打って変わってたとえば、梅毒。

梅毒を意味する "syphilis" という単語は、当時はイタリア、マルタ、ポーランド、ドイツでは「フランス病」と呼ばれており、フランスでは「イタリア病」と呼ばれていた。さらに、オランダ人は「スペイン病」、ロシア人は「ポーランド病」、トルコ人は「キリスト教徒の病」「フランク人 (西欧人) の病」と呼んでいのだそうだ。

あるいはたとえば、七面鳥。

英語では『Turkey』、これは『トルコの鳥』って意味だが、トルコ語では『hindi』つまり『インドの鳥』って意味になるんだそうだ。そのうえインドのヒンディー語だと『peru』で『ペルーの鳥』になるらしい。ようは知らんけど。

いたるところそれぞれにこころもとない解釈がゴロゴロと転がっているというのが、世の中の解釈である。

知っていようがいまいが、ただいずれにせよ、なんにせよ、自分が生まれて死ぬるまでの現実をどう感じ行うのかは、じつのところこの解釈というもの次第でもある。

しかあれど、無明を積み重ねたとしても、運がよければ、腹を割って助けてくれる人に出会わないとも限らない。

Now, Run
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「だけ」の神髄

2020-06-12 | 世界の写窓から
(picture/source)

ラリー・バードがNBAで抜群の成績を残した一因は、確実に決められるシュート「だけ」を放ったことにある。

優れた選手でも、「自己顕示欲や一時的な熱い気持ち」に駆られてシュートの判断を誤るものだが、バードはその点が違ったようだ。

あくなき研鑽と練習のおかげで、試合の最中に、ボールが手から離れる前にボールの行方を正確に判断できるようになった。

その神髄といえば、「自分の限界を知り、その中で確実に決める」ということの術を飽くまで探求し身に着けたからだと言われる。
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いいえ、ちがう。

2020-06-04 | 世界の写窓から
(photo/source)

「長い旅をしていた鴉は喉がカラカラカラスであった。

そんな時、一つの水差しを見つけ、水が飲めると喜んで飛んで行った。その水差しには、ほんの少ししか水が入っておらず、どうしても嘴が水面には届かなかった。

カラスは途方に暮れたものの、あらゆる手段を講じて水を飲もうとしたが、その努力もみな徒労に終わった。

まだ諦めきれないカラスは、集められるだけの石を集めると、一つ一つ嘴で水差しの中へ落としていく。すると中の水はどんどん嵩を増して、ついに嘴のところまで届いた。

こうしてカラスは喉を潤し、また旅に出るのだった」。

-イソップ物語

カラスは流体力学を理解していると言える。

にも関わらず、人間は、ヒト以外の知能に偏見を持っている。だから自分の枠を超えた知能を理解できない。

蛸の神経細胞はおよそ半分が八本の腕にある。神経細胞が腕に分散しているのだから、知能が分散している。「あなたの腕は、ちぎれてから、光を感じ、数時間は這いずり回り、何かを掴んだりできますか?」

カナダホシガラスは、木の実5,000粒の隠し場所を9か月間忘れない空間記憶という知能を持っている。

生後すぐの段階で一番頭のいい動物は鶏かもしれない。ニワトリは認知や行動を調べる幾つものテストで、犬より、さらに人間の幼児よりも成績がいいことが分かっている。ヒヨコはと言うと、卵からかえって数日で、数の違いだけでなく、足し算や引き算までやってのけることがわかってきた。

理論物理学者のヴぇルナー・ハイゼンベルクは、かってこう言った。

「私たちが観察しているのは自然そのものではない。私たちが問いかける方法に合わせて自然を見ているのだ」。

人間の偏見を考慮するにつれて、私たちはもっと創意に満ちた質問をするようになった。そうすることで、色々な種類の、想像もつかないような、すばらしい知能が明らかになっている。

そしてついに、「人間は唯一の知的生命体なのか?」という問いに応えようとしている。答えは、これまでになく明らかだ。

「いいえ、ちがう」。

-引用/ベリンダ・レシオ「INSIDE ANIMAL HEARTS AND MINDS」
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