やまのあなたのむこうには 寿ぎが満ちている
千歳もの緑を湛える松の枝には鶴の純白が優雅に栄え
万歳もの揺ぎ無き巌石の傍では亀がゆったりと遊んでいる
・・・
男は急いで山のあなたを探しにいった。
山を幾つも越えたところに茅屋の茶屋が一軒、酒旗を春風が撫で揺らし、新緑の山々がなだらかに重なる一望に鶯一声、景色に溶け込んで老婆が一人小川で椀を洗っていた。
「やまのあなたはありますか?」
老婆は答えた。
「やまのあなたにいきなさる?ああ、あるある、あっちの方の山を越えたところじゃて。今まで何人も行きなさったが、だれも帰ってきませんけん、なんぼかええとこじゃろの」
男は老婆にあなたは行かないのですか、と聞くと
「あっちからみたらこっちがやまのあなたじゃけん。帰ってこれんなんだらこまるけの。あなたをおもえるこなたが一番ぞなもし」
そしてちょっと間をおいてつぶやくようにこう続けた。
「そう急いでいかんともここでゆっくりなされ。そのうちお迎えが来ますけんのぉ」