南無煩悩大菩薩

今日是好日也

レイチェル...

2020-02-02 | 古今北東西南の切抜
(picture/source)

2005年にアメリカの未来学者レイ・カーツワイルは、「ポスト・ヒューマン誕生ーコンピュータが人類の知性を超えるとき」(原題 The Singularity Is Near)を刊行しました。

シンギュラリティには「単数であること,異常性」などといった意味がありますが、カーツワイルは人工知能(AI)が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)の意味でこの言葉を使用しています。そして彼は2045年にはシンギュラリティの、時代が来ると予言しました。

シンギュラリティの到来については、それを楽観視する見方と悲観視する見方があります。

AIとは何か?僕は自動車と同じであると思います。人間が走る能力には限界があります。そこで自動車という地上を高速で走る機械を発明しました。

けれど、ウサイン・ボルトは決して自動車と競争しようとはおもわないでしょう。競争は人間同士の能力を競うからこそ意味があるのです。自動車は仕事やデートに使うものです。もちろん酔っ払い運転をすれば人を殺します。しかし上手に使えば便利なツールです。ですから自動運転まで登場しようとしているのです。同様な理屈は飛行機にも当てはまります。

それでは、AIとは何でしょうか。

AIは計算能力という面で、人間の能力を補うために開発されました。計算とは計り数えることです。AIは、その計り数える対応量とスピードが、人間の脳よりもはるかに優れている機械です。人間は、AIを自動車を暴走させるように破壊的な目的でも使用できます。コンピュータの高度な計算能力が開発されたのは、ミサイルが敵国の首都を確実に破壊できるルートとその確率の計算を、可能にすることが大きな目的でもあったからです。

しかし、AIそのものが人類の知能を超えるというシンギュラリティの発想には、僕は同意することができません。

なぜなら、人間にとって脳はまだまだ未知の領域が多く、脳の活動についてはほとんど何もわかっていないからです。わかっていない脳の仕組みをAIに置き換えることはかなり難しいと僕は思うのです。

一方で、人間の行動パターンを無限にAIにインプットしていけば、脳の活動も解明できるという意見もありますが。このあたりはとても難しい問題です。

現時点で僕は、AIは自動車と同じように、機械として利用すればそれでいいのではないかと思っています。

-切抜/出口治明「哲学と宗教全史」より

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