南無煩悩大菩薩

今日是好日也

良寛さん

2024-12-09 | 偈、弁、述、名言・至言

良寛さんは、年とるにつれて、人々から尊敬されるやうになった。みんなは良寛さんを偉いお方だと思った
べつだん良寛さんは、人が驚くやうな大きな仕事をしたわけではなかった。良寛さんの偉さはじみで、目立たなかった 

ちょうど眼に見えないほど細い糸で、しみじみと降る春雨のやうに。春雨は土を黒く潤し、草や木を芽ぶかせてやる。良寛さんの人がらも、そのまわりの人々の心を潤し浮ついていた心をしっとり落着かせ、知らぬ間に希望(のぞみ)と喜びの芽をふかせると言う風である。

世間で偉いと言われている人々の中には、なるほど固い意志の力を持って大きな仕事をしとげはするが、人間らしさを持たないという人もないのではない。しかし良寛さんはそんな人とは違っていた。良寛さんは、飽くまで人間らしさを失わなかった

或日良寛さんは、野中の一本道を歩いてた。ひさしぶりで懇意にしてる家へ訪ねていったのに、あいにく留守だったので、もういく先のあてもなく、ぶらりぶらりと歩いてた。
空に一つの白くふくらんだ雲が流れてた。野には良寛さん、ただ一人の姿が見えた。他に何もなかった。春風が軽く吹いてた。遠くにちらちら光るものがあった。草の葉や水だった

良寛さんは、ぼんやりして歩いていた。すると、頭に不意と一つのことがうかんで来た。
お金を道で拾と大変嬉うれしいものだ。」といつか誰かから、きいてたことである。
それを想出すと良寛さんは、早速実験して見たくなった。幸ひ、あたりには誰もなかった

良寛さんは鉢の子の中から、さっきお百姓家でもらったお金をとり出して、道の上に投げた。そして拾った
「なァんだ、ちっとも嬉しくない」
とひとりごとをいった。実際、少しも嬉しくはなかった

――もう一ぺんやって見よう。
今度はもう少し遠くへ投げた。お金は石ころにあたってちゃりんとひっくかえった。良寛さんはまたそれを拾いあげた。
「なァんだ、ちっとも嬉しくないじゃないか」

――これはやり方がまずいのかも知れない、もう一ぺんやって見よう。
今度はもっと遠くへ投げた。同時に自分の眼をつむった。ちやりんと音がした。それからそうっと眼をひらいて見た。
「おや。」
お金は何処どこかへ隠れてしまった。もう道の上には見えなかった
良寛さんは、お金の落ちたあたりへ走ってった。そして探しまわった
お金はなかなか見つからなかった
「こいつはしまった

良寛さんは頭をかきながら、草の中を探しまわったそのうちに、とうとうお金は見つかった。小さい紫の花をつけてる菫すみれの葉の下にそれは隠れてた。

「なァんだ、菫めが隠しておったのか」
そう言いながら、良寛さんは、お金をまたもとの鉢の子の中に収めた。
これで実験は済んだ。そしてその結果、人々が「道でお金を拾と嬉しい」と言うことは、確に本当であると、良寛さんにわかった

「いや、全くだ。全くほんとうだ。」 

――それにしても、わしはなぜこんな野原の真中で、こんなことをしてるのだう。良寛さんは、雲を見てちよっとたが、解らなかった 

-引用/新美南吉「良寛物語」より 


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