将棋はとにかく愉快である。
盤面の上で、この人生とは違った別な生活と事業がやれるからである。
一手一手が新しい創造である。冒険をやってみようか、堅実にやってみようかと、いろいろ自分の思い通りやってみられる。
しかもその結果が直ちに盤面に現れる。そのうえ遊戯とは思われぬくらいムキになれる。将棋は面白い。
金のない人がその余生の道楽として、充分楽しめるほど面白いものだと思う。
将棋を指すときは、怒ってはならない、ひるんではいけない、あせってはいけない。
あんまり勝たんとしてはいけない。
自分の棋力だけのものは、必ず現すという覚悟で、悠々として盤面に向かうべきである。
そして、たとえ悪手があっても狼狽してはいけない。どんなに悪くてもなるべく、敵に手数をかけさすべく奮闘すべきである。
そのうちには、どんな敗局にも勝機がぼつぼつと動いて来ることがあるのである。
-談/菊池寛
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