(画/林静一)
ある日曜日の朝でした。ご飯を食べてから間もなく外に遊びに出ようとした房子を呼び止めて、お母さまはお云いになりました。
「房ちゃん、ゆうべのことを忘れたのですか。あれをちゃんと立派にしてからでなくては、遊びに出ませんというお約束ではなかったの?」
お母さまのこのお言葉に房子はハッと一つの事に思い当たりました。それは自分の不注意から、お裁縫用の糸をひどくもつれさせてしまって、眠たい目をこすりこすりそれをほぐそうとしたが、どうしてもできなくて、とうとう泣き出してしまった、ゆうべの出来事でした。
そしてそのことを思い出すとともに、房子はその時たまらなくなって「お母さまよくして頂戴!」と泣き出すのを遮っていったお母さまの言葉がはっきりと浮かんできたのでした。
「あなたがもつれさせたのだから、あなたがほぐせないわけないでしょう。今晩はそのままにしてお休み!そして明日の朝、せいせいした静かな気持ちで。落ち着いてゆっくりとほぐしてごらんなさい」
房子はこれほど大切なことのあったのを忘れて、朝早くから遊びに出ようとした自分を、しみじみ悪いと思いました。そしてそう思うと同時に、あわてて手箱の中から昨夜のままになっている、もつれた糸を取り出してほぐしにかかりました。
糸のもつれはかなりひどくなっていました。おまけによく調べてみると、昨夜の眠たさとじれったさのあまりに、ほぐそうとしてかえって自分の手でこぐらかしたようなところもありました。
はじめのうちは外で唱歌をうたっているお友達のことなどが気になって、なんとなく心が落ち着きませんでしたが、「おちついて、ゆっくり」や「あなたがもつれさせたのだから、あなたがほぐせないわけないでしょう」とおっしゃったお母さまの言葉を思い出して、房子はじっと心を落ち着けてみますと、おいおいもつれた糸の糸口もわかり、もつれた順序もわかってきて、自分でも不思議なほど楽に、やすやすとほぐれてゆきました。
そしてとてもほぐれるものではないと思ったそのもつれ、「こんなめんどくさいことをしなくたって、チョキチョキと鋏で切ってしまったら、それでいいではないか」とまで思いつめたそのもつれが、いよいよ りっぱ に ちゃんと ほぐれた時の房子のうれしさは、とてもとても言って見ようのない嬉しさでした。
そればかりでなく、房子は急になんだか、たいそう大きな力が、自分に与えられたような気持ちさえするのでした。
房子の目に映ったその日の青空の広かったこと!美しかったこと!
ー相馬御風 「曇らぬ鏡」より
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