バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

スポーツと教育

2012-03-13 09:35:10 | バネ
 スポーツの世界から教育が切り離されて幾久しい。これはバドミントンに限ったことかと思っていたら、そうでもない。
 そりゃそうだ。どの種目も、ジュニア期から有望選手をばっちり囲い込み、一心不乱にその道を行くよう導くのだから。
 そうしないと勝てない。地域で勝てない。県で勝てない。日本で勝てない。更にはアジアで、世界で、とみんながせき立てられている。
 その結果、「あんたはこれだけやっていればいい。」とか「これやれば競技に役立つよ。」などと何もかも競技に結びつけ子どもを引っ張ることになる。

 確かにこういう持って行き方の方が子どもには分かりやすい。動機付けさせやすい。

 子ども達が夢や目標を持つことは素晴らしいことです。スポーツ等を通じて、目標のために切磋琢磨する子どもは立派です。
 目の前に進むべき道がはっきり見えていて、人参が鼻先にあって、後ろから背中を押される環境にいる子は、とても恵まれています。

 子ども達は純粋に目標に向かいます。
 だからこそ、目の前に吊るす人参、背中を押す物、それらに「教育」の要素が欠落してはいけないのです。

 教育の効果はすぐ目に見えません。卒業して何年も経って、何十年もたって、もっと言うと死の直前、あるいは死後になって、「あの時のあれがよかったんだね」と振り返ることが多いでしょ。成果はすぐに現れないものだから、偏差値とか進学率、勝率等の数字で評価できないでしょ。数字に振り回されるとその場限りの対応になってしまう。その良い例が、今の日本の学校教育。学力調査結果に右往左往してゆとりと締め付けをいったりきたり。すぐに結果のでない物なのだからこそ、先人の経験が大切だと思うのですが、古くさいと言って脇に寄せてしまう。
 昔から行われている習慣やしきたりは、先人が成果をつかんだ結果であって、それなりの意義があるはず。この辺を忘れてはいけないと、バネやりながらつくづく思います。