2年生のとうせいみさんが、
故郷、山東省済寧の自分の家の新年の迎え方をメールで解説してくれました。
(去年は写真だけでした。日本語で文が書けなかったのでしょう。
一年後、ようやく解説がつきました)。
豚を飼っているので済寧市下の農村だと分かります。
同じ地域でも市内と農村ではずいぶん様子が違うそうですよ。
文中の「うちの人」「家族」は、
祖父母・伯父(叔父)伯母(叔母)・従姉妹(従兄弟)が含まれます。
私が中国に行ったばかりの頃、
一人っ子の学生がよく「お姉さん/お兄さん/弟/妹」と言うので
不可解でしたが、それは従姉妹(従兄弟)のことでした。
農村では、どんなに遠くに住んでいても
正月には必ず帰省する習慣がまだしっかり残っていますが、
大都市になればなるほど、それは崩れていっているそうです。
日本社会の何十年か前を見る思いです。
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先生
明けましておめでとうございます。
大晦日はみんな早く起きます。
午前、春麗(対聯)を貼ります。
餃子を包みます。
家族みんなでご飯を食べました。
午後、うちの男性たちは祖先を祭ります。
祖先の霊を家に誘って来ます。(方法はわかりません😂)
先祖を祭る線香とろうそくは一晩中、世話をして途切れないです。
外では爆竹が夜から朝まで続いて、うちの中のすべての灯が一晩中つきます。
正月一日、人たちは早く起きます。
村で長老の人の家に新年の挨拶に行きます。
午後、祖先の霊を送ります。
二日は結婚している夫婦は女性の親の家に伺います。
みんな親と友人の家に伺うのは数日続きます。
今年は豚の年ですから、うちの豚の写真を撮りました。
とうせいみ
私が子どもの頃飼っていた豚は、黒くて鼻が長く、キバのないイノシシみたいでした。
この上から下がっている鎖を銜えている豚ちゃんは、いったい何を銜えているのでしょうね。
そうですねえ、中国で黒豚は見たことありません。北海道にはいましたよ。両親が引揚げて山奥を切り開き、開拓生活をしていたとき、家も豚舎も物置も全て父が自分で建てて(手伝いには来て貰っていましたが)、水力の自家発電でランプに換わり裸電球が家の中を照らしていました。また、豚をはじめ牛、羊、馬、鶏を飼い、家の周りは動物だらけでした。そんな中に黒豚さんもいた記憶があります。その頃は目的もなくただ遊んで、観察して、時間潰しをしていましたが、今思えば日々貴重な学習をしていました。こきおばさんも、きっとそうだったのではないでしょうか。