キラキラ

毎日の生活を写真と共に綴っていきます。

なにわの宮 リレーウォーク(第3回・その1)

2012-03-26 03:35:33 | Weblog

昨日(3月25日)に第3回 『なにわの宮リレーウォーク』 に参加しました。

13:00にJR南田辺駅集合。私は、12時50分ころに到着。

4班にと言われて、最後尾に並びました。

 

ボランティアの案内人が途中要所で説明してくれます。

まず、北畠公園に向かってGO!

ここには北畠顕家の墓があります。

顕家は、南北朝時代の武将で、後醍醐天皇に仕え、父の親房とともに

大奥平定にあった人。

 

 

 

 

 

(北畠公園の中にあります。)

 

 

 

 

また、北畠公園遺跡は2010年に発掘調査が行われ、弥生時代の大溝が

発見され、この時期にムラが存在していた可能性が高いとされています。

(この辺りに弥生人が生活していたんだぁ~。と思うと何故か古代のロマンを

 感じてうれしくなります。)

 

 

 

次は阿部王子神社に参拝。

『あべの』 の地名となった阿部一族の氏神社です。

境内には熊野神の神遣いである八咫(ヤタ)カラスの銅像が祀られて

います。

 

 

 

 

(安部王子神社)

 

 

 

 

(八咫(ヤタ)カラスの銅像)

 

 

 

 

それから、安部晴明神社に到着。

平安時代に活躍した安部晴明(921~1005)の生誕伝承地です。

晴明の占い事は神の如しとされ、その特別な能力から母親は信太の森の

白狐とする葛之葉伝説が残されています。

境内には、飛び跳ねた格好の白狐の像(葛の葉霊狐飛来像)や晴明の産湯を

汲んだとされる井戸などが並んでいます。

 

 

 

(安部晴明の像)

 

 

 

 

 

(葛の葉霊狐飛来像)

 

 

 

 

(晴明の産湯を汲んだとされる井戸跡)

 

 

 

 

そして、経塚へ。

ここの由来は、聖徳太子が諸経の文字を一字ずつ一石に書いて収めたとする説と

826年夏、疫病流行に際し空海(弘法大師)が安部王子神社に入り千部の

薬師経を書写し納めたとする二つの説があります。

 

 

 

(経塚の碑)

 

 

 

 

 

次は天神森天満宮です。

室町時代末期の茶匠武野紹鴎が当地に湧く水を愛し、歳月を送った

所で、菅原道真公を祀っています。

子安石という霊石があり、安産の御利益あるとして参拝者で賑わいました。

太閤さんも淀君懐妊の時、安産祈願したと伝えられています。

 

 

 

 

(天神森天満宮)

 

 

 

 

 

 

(境内にある 『子安石』 )

 

 

 

 

歩いて、歩いて天下茶屋跡へ。

今から400年余り昔、太閤秀吉が住吉大社参拝や堺への往来の際

ここの茶店で休息され、茶の湯を楽しみ付近の風景を賞したことから

この茶店を天下茶屋と呼ぶようになったようです。

 

 

 

(天下茶屋跡)

 

 

 

以上、その1は、ここでオシマイ!

 

 

昨日は、順位が付いたので記録のために紹介を

3月25日のアクセス数閲覧数:545PV    訪問者数:208IP順位: 5,625位 / 1,698,650ブログ中 (前日比  )

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