私が韓国に赴任して一年ほど経ったとき,わが事務所のある建物の地下に日本式トンカツの店がオープンしました。
早速行ってみると,巷にある韓国式ワラジトンカツではなく,完璧な日本風。しかも,新宿サボテンのような衣が肉の二倍あるようなタイプではなく,衣が薄手の私好みのトンカツでした。値段もロースカツ定食6000ウォンと,特別高いわけではない。
何回か通ううち,店の主人と親しくなりました。
ご主人,日本に住んでいたことがあるとのことで,日本語がペラペラ。開店してしばらくは行列ができるほど賑わっていましたが,3カ月ほど経ったときに突然韓国はIMF寒波に見舞われる。世の「奢侈品排斥ムード」のあおりを受け,韓国人にとってはちょっと高めのトンカツは敬遠され,店には閑古鳥が鳴くようになりました。
ある日の午後,オフィスに主人が訪ねてきた。お茶を飲みながら,グチを聞くと…。
「私,ついこのあいだまで日本の駐在員だったんですよ。大手の証券会社のね。4年ほど暮らして,日本がほんとに気に入っちゃって。それで,帰任命令が出たときに拒否して会社を辞めたんです。妻と二人の娘はソウルに返し,私は一人日本に残りました。そして,私がお気に入りだったトンカツ屋のご主人に頼み込んで,店で修行をさせてもらったんです。上野の「○○」っていう老舗でね。日本ではヒレカツが2800円の高級店です。肉の選び方から始まって,衣のつけかた,油の調合(天ぷら油にラードを入れるのが秘訣なんです),温度管理,キャベツの切りかた…。3カ月で基本を習得してソウルに帰り,お店を開いた途端にこのありさまでしょう? 参っちゃいますよ。油の値段は天井知らずだし,お客さんはパッタリだし。今の値段じゃ,売れば売るほど赤字なんだけど,値上げするわけにもいかないし…」
でも,IMF当時,韓国企業(特に金融業界)にはリストラの嵐が吹いていましたから,証券会社に勤め続けていたら「名誉退職」させられていたかもしれないし…。
旦那は厨房でトンカツ作り,奥さんはサービングと,夫婦で店を切り盛りしていました。
奥さんも日本語が上手。
「私がこんな仕事するなんて,夢にも思わなかったんですよ」
苦笑しながらぼやきます。
こうして夫婦で力を合わせて,IMF暴風をやりすごし,しばらくすると,ご主人の誠実な仕事が評価されたのか,このトンカツ屋,在韓日本人の間だけでなく,韓国人の間でも人気が出始めた。
人気の理由の一つは,ご主人が開発した独自メニュー,「カツキムチ」です。ヒレカツ,ロースカツ,メンチカツの三種盛り合わせのわきに,油で炒めた熱々キムチが盛られている。
カツとキムチが絶妙の宮合をみせるとは意外でした。
さらにそれを丸く取り囲んで豆腐が配された「カツトゥブキムチ」(当時1万5千ウォン。3人ぐらいで食べるのに充分)は,夜の時間帯の人気メニューになりました。
店の繁盛に気をよくした主人,ついに明洞に二号店を出すまでに。
「友人と共同経営なんですよ。日本風のつまみも充実させますんで,ぜひ贔屓にしてください」
ところが,明洞店は3カ月ほどで店を閉める。
「やっぱり共同ってのは難しいですね。私がやらないとやっぱりトンカツの味が落ちちゃうし。これからはあまり欲を出さず,この店だけをきちんとやっていこうと思います」
韓国によくある「共同経営の失敗」です。友人との間にどんなトラブルがあったかは知りませんが,韓国では血のつながった者しか信頼できない,というのが現実です。
お店はいつしか10周年。
地下店舗で始まったお店は,まず地上に,次に表通りにと二回の引っ越しを経て,今は小部屋を備えた立派な店舗に。
アジョシの頭にも白いものが目立ち始めました。
「犬鍋さんも長いですねえ。開店したときにすでにいらしたということは,10年以上でしょう?」
「11年を越えましたよ」
こんな会話をしたのは2か月ほど前でしょうか。帰国の挨拶かたがた,もう一度食べに行かなくちゃ。
人生いろいろ~日本の恩人
人生いろいろ~大統領秘書官①
人生いろいろ~大統領秘書官②
人生いろいろ~大統領秘書官③
人生いろいろ~海苔屋の社長一代記①
人生いろいろ~海苔屋の社長一代記②
早速行ってみると,巷にある韓国式ワラジトンカツではなく,完璧な日本風。しかも,新宿サボテンのような衣が肉の二倍あるようなタイプではなく,衣が薄手の私好みのトンカツでした。値段もロースカツ定食6000ウォンと,特別高いわけではない。
何回か通ううち,店の主人と親しくなりました。
ご主人,日本に住んでいたことがあるとのことで,日本語がペラペラ。開店してしばらくは行列ができるほど賑わっていましたが,3カ月ほど経ったときに突然韓国はIMF寒波に見舞われる。世の「奢侈品排斥ムード」のあおりを受け,韓国人にとってはちょっと高めのトンカツは敬遠され,店には閑古鳥が鳴くようになりました。
ある日の午後,オフィスに主人が訪ねてきた。お茶を飲みながら,グチを聞くと…。
「私,ついこのあいだまで日本の駐在員だったんですよ。大手の証券会社のね。4年ほど暮らして,日本がほんとに気に入っちゃって。それで,帰任命令が出たときに拒否して会社を辞めたんです。妻と二人の娘はソウルに返し,私は一人日本に残りました。そして,私がお気に入りだったトンカツ屋のご主人に頼み込んで,店で修行をさせてもらったんです。上野の「○○」っていう老舗でね。日本ではヒレカツが2800円の高級店です。肉の選び方から始まって,衣のつけかた,油の調合(天ぷら油にラードを入れるのが秘訣なんです),温度管理,キャベツの切りかた…。3カ月で基本を習得してソウルに帰り,お店を開いた途端にこのありさまでしょう? 参っちゃいますよ。油の値段は天井知らずだし,お客さんはパッタリだし。今の値段じゃ,売れば売るほど赤字なんだけど,値上げするわけにもいかないし…」
でも,IMF当時,韓国企業(特に金融業界)にはリストラの嵐が吹いていましたから,証券会社に勤め続けていたら「名誉退職」させられていたかもしれないし…。
旦那は厨房でトンカツ作り,奥さんはサービングと,夫婦で店を切り盛りしていました。
奥さんも日本語が上手。
「私がこんな仕事するなんて,夢にも思わなかったんですよ」
苦笑しながらぼやきます。
こうして夫婦で力を合わせて,IMF暴風をやりすごし,しばらくすると,ご主人の誠実な仕事が評価されたのか,このトンカツ屋,在韓日本人の間だけでなく,韓国人の間でも人気が出始めた。
人気の理由の一つは,ご主人が開発した独自メニュー,「カツキムチ」です。ヒレカツ,ロースカツ,メンチカツの三種盛り合わせのわきに,油で炒めた熱々キムチが盛られている。
カツとキムチが絶妙の宮合をみせるとは意外でした。
さらにそれを丸く取り囲んで豆腐が配された「カツトゥブキムチ」(当時1万5千ウォン。3人ぐらいで食べるのに充分)は,夜の時間帯の人気メニューになりました。
店の繁盛に気をよくした主人,ついに明洞に二号店を出すまでに。
「友人と共同経営なんですよ。日本風のつまみも充実させますんで,ぜひ贔屓にしてください」
ところが,明洞店は3カ月ほどで店を閉める。
「やっぱり共同ってのは難しいですね。私がやらないとやっぱりトンカツの味が落ちちゃうし。これからはあまり欲を出さず,この店だけをきちんとやっていこうと思います」
韓国によくある「共同経営の失敗」です。友人との間にどんなトラブルがあったかは知りませんが,韓国では血のつながった者しか信頼できない,というのが現実です。
お店はいつしか10周年。
地下店舗で始まったお店は,まず地上に,次に表通りにと二回の引っ越しを経て,今は小部屋を備えた立派な店舗に。
アジョシの頭にも白いものが目立ち始めました。
「犬鍋さんも長いですねえ。開店したときにすでにいらしたということは,10年以上でしょう?」
「11年を越えましたよ」
こんな会話をしたのは2か月ほど前でしょうか。帰国の挨拶かたがた,もう一度食べに行かなくちゃ。
人生いろいろ~日本の恩人
人生いろいろ~大統領秘書官①
人生いろいろ~大統領秘書官②
人生いろいろ~大統領秘書官③
人生いろいろ~海苔屋の社長一代記①
人生いろいろ~海苔屋の社長一代記②
ひまわりさんのブログは主張型ですね。気合を感じます。
最近は海に行くことがめっきり減りました。
結婚後埼玉の奥地に引っ越して、渓谷でバーベキューということが多くなりました。
起源は外国ですが、どれもいまでは日本料理ですね。
湘南ですか。
学生のころ、恋人とよくドライブに行きました(今の妻です)。
音楽はサザン、ユーミン、達郎…
>「カツキムチ」です。ヒレカツ,ロースカツ,メンチカツの三種盛り合わせのわきに,油で炒めた熱々キムチが盛られている。
カツとキムチが絶妙の宮合をみせるとは意外でした。
そそられます・・・。なんだかんだと言っても、カレーライスか卵焼きが一番の御馳走だと思っていた世代ですから・・。
天気が回復して、今日は、鎌倉プリンスホテルで知人らと食事をします・・正直言って、ホテルでの食事は、あまり興味がありません・京都にあった「王将」なんかで、餃子を食べた方が気楽で余程美味しい。
少し早めに出かけて、湘南の海の家でも見て来ようかと思っています。海の家と言っても、エステや喫茶、冷房つき・・潮騒と開放的な湘南海岸が気に入っています・・海は,汚れているので泳ぎたくはありませんが・実は、東京に移る前までは、湘南海岸に住んでいました。海から500mも離れていなかったと思います。
犬鍋さんも、残された韓国での生活、大いに楽しんで下さい。
>韓国によくある「共同経営の失敗」です。友人との間にどんなトラブルがあったかは知りませんが,韓国では血のつながった者しか信頼できない,というのが現実です。
この部分は、納得です。
会社の近所のおいしいトンカツ屋、連日盛況なのに数ヶ月で店仕舞い。借金の金利が高すぎて払えなかったのではないか?それとも黒字倒産?なんとも惜しい。