写真:ハイジを散歩させる妻(散歩道でよくスケッチをしているおじいさんに描いてもらったもの)
昨年の夏、飼っていた犬が死んでまもなく、たまたま行った湯島の居酒屋を再訪しました。
店に通じる階段を上っていくと、1匹のポメラニアンがさかんに吠えて、迎えてくれました。
「あらごめんなさい。お客さんが席に座ると鳴き止むんですよ」
開いている店の入口の奥から、ママさんの声がしました。7時前の早い時間帯だったためか、お客さんはまだいませんでした。
ママさんの言う通り、私がカウンター席に座ると、ポメラニアンは静かになりました。
「お久しぶりです。一年ほど前に来た時は、飼っていた犬が死んでまもなくだったので、ワンちゃんの話でもりあがりました」
「そうでしたね、よく覚えていますよ」
羊、豚、犬(初めて行ったときの記事)
「これが話に出ていたポメラニアンですね」
「ユウスケです。もう15歳になるんですよ」
「長生きですね!」
7歳の時に膀胱がんになり、余命わずかと言われたのに、手術を繰り返しながら今まで生き延びたとのこと。おむつはつけていますが、まだ目は見えるし、毎日散歩も出来ているようです。
「でも、もうそんなに長くないかもしれません。一日、30回ぐらい発作を起こすんです」
「発作?」
「せきが出て、止まらなくなるんです」
昔、つがいのポメラニアンを飼っていて、一時はブリーダーをしていたんだとか。オスが死んだときに、保護センターからもらい受けてきたのがユウスケ。ママさんにとって、7匹目のポメラニアンだということです。
「大昔は別の犬種を飼ったことがありますが、最近はポメラニアンばかり。でも、ほかの動物も飼っていたんですよ。ウサギとか」
「へえ」
「ウサギは13歳まで生きました」
「13歳!」
岩手にいる娘の実家に以前ウサギがいて、寿命は6~7年と聞いていました。
「小桜インコも同じぐらいです」
2年ほど前に亡くなったご主人の、おだやかな笑顔を浮かべた写真が、店に飾ってありました。
若いころ、水商売をしていたママさんが、ご主人といっしょに今の居酒屋を始めたのが、33歳の時だそうです。子どもがいないということは前に聞いていましたが、実は、3人の子どもをいずれも6か月ぐらいのときに死産した、という話を今回、初めて聞きました。
「もともと子どもは好きじゃなくて、電車の中で騒ぐ他人の子はうるさいなあ、なんて思っていたんですけど、死産で生まれた子供はほんとうにかわいかったです」
飼い継いできたポメラニアンは、子ども代わりであり、ご主人を亡くされた今は唯一の「伴侶」なのでしょう。韓国の「伴侶犬」ということば(リンク)がしっくりきます。
「実は、今日、私の誕生日なんです」
「それはそれは。おめでとうございます。おいくつですか?」
「60歳です」
「還暦ですね! じゃ、乾杯しましょう。好きなお酒をごちそうします」
「あら、うれしい。ワインをいただこうかな」
きっともう少し遅い時間に、常連さんがお祝いに来るのでしょう。
「妻がくも膜下出血で倒れた話を前にしたと思いますが、リハビリを兼ねて、ハイジ(飼い犬の名前)を散歩に連れて行くのが日課でした」
「もう一匹、飼えばいいのに。やっぱり癒されますよ」
「今は娘の家族が同居しているからいいですけど、独立して、夫婦二人になったら考えます」
ママさんの手料理で、ビールに続いて日本酒の三種飲み比べをしたあと、席を立ちました。咳こんでいたユウスケの発作もおさまり、頭をなでてやりました。
次に来るときも、元気な姿を見られることを祈って。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます