今年最後の味噌カツを待っているところ。
近所のとんかつ屋さんで、やはり、今年17回、累計だと32回行っているお店。開いていてよかったと安堵しています。
最後に、大将に挨拶して、今年の外食、食べ納めですね。
今年最後の味噌カツを待っているところ。
近所のとんかつ屋さんで、やはり、今年17回、累計だと32回行っているお店。開いていてよかったと安堵しています。
最後に、大将に挨拶して、今年の外食、食べ納めですね。
初詣の準備をしている神社から、お天気の依田さんが「今年は2月でも大丈夫ですよ!」との報道が。
まあ、コロナで初詣で密になって感染者が出ることを、さすがに神様は喜ばないことでしょう。
「初詣2月3月4月でも神のご加護は変わることなし」ってことでしょうか?
そもそも、「我先に押すな押すなと大鳥居くぐる愚民にコロナ微笑む」って状況なのに、初詣に行くか?「御利益」を求めて「コロナ」もらってきてどうするのか?
とはいえ、人がいないのなら神社に行きたい気持ちはあります。やはり、日本人の年中行事として、早い段階で地元の氏神様にはお参りに行きたいところ。なかなか、体に見に着いた風習は捨てきれないもので。
忙しさにかまけているうちに、単身赴任の辞令が出てから丸5年まで1ヶ月を切っていました!
というか、2016年1月25日なので、1ヶ月どころか、あと28日というところまで来ていました。転勤当初はMax5年で、早ければ3年ぐらいで東京に戻れるかなぁ・・・と楽観的に構えていましたが、5年どころか6年目が目前に来ております。いつになったら終わりが来るのか?
まあ、私が本格的に名古屋めしを食べ始めたのは単身赴任後3年2ヶ月目なので、3年で単身赴任が解除になっていたら、ひつまぶしの美味しさも、味噌カツの多種多様性も、それこそ、へぼめしもアユ料理も猪鍋も味わうことなく東京に戻っていたことでしょう。そう考えると、今現在、名古屋に留まっていることも、あながち、悪いことではなかったのでは・・・とも思えてきます。
所詮、この世で生きていくことは一切皆苦、苦しいことでしかありません。それが古からの理。ちっぽけな私ごときが抵抗しようと、容赦なく、艱難辛苦が襲い掛かってくるのですから。コロナで職を失う人が何万人もいるなか、働けているだけでも幸せと思わねばなりません。
あるいは、とある国会議員がお亡くなりになりましたが、享年53歳、そう今の私と同じ年齢です。この例からも、今日生きていても、明日生きているとは限らないことがわかります。そう、人間は図々しくも「自分だけは大丈夫」と思っています。だから、駆け込みでGoToに行くような輩もいるのです。「自分は大丈夫」って保証は誰も与えていないのに。
「なら、お前も東京に帰省せず名古屋に留まれよ!」って言われそうだけど、「自分は大丈夫」って思わないから家族の元に帰るわけで。これが最期となってしまっても、家族と一緒ならあきらめがつくでしょうし。そう諦観。どこで諦めるかが肝要。
でも、ひょっとしたら、駆け込みでGoToに行く人の中にも「せめて死ぬ前に・・・」と覚悟の旅行の人もいたとしたら、一方的に非難するのも大人げないか?