昨日の続きです。
明治の初め、戊辰戦争で長岡藩は焦土と化し、人々の生活は食うや食わずの貧窮に陥りました。
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見かねた隣藩から、救援の米百俵が贈られます。
藩士たちはその分配を要求、大惨事の小林虎三郎に刀を突きつけて迫りました。
血気にはやる藩士たちを前に、虎三郎は 「国が興るのも街が栄えるのも、すべては人にある。 こんな非常時非常時こそ子弟の教育が大事だ。この百俵は今はただの百俵だが、将来は一万俵になるか分からぬ」 と諭し、米百俵をそっくり換金。
この教育優先の気風は、その後も代々に継承され、政界・財界・学会などに、長岡から多くの優れた人材を輩出するに至りました。
これが、『米百俵』 の話です。 先人の深い知恵を学ぶとき、現在の教育に掛けるお金の少なさ、そして掛けるべき対象の誤りを憂えさせられるのです。
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