どうやら、陶胎七宝という品が明治初期に作られ、欧米に輸出されたらしい、と考えるようになってから暫くして、棒に当たりました(^.^)
それが、この陶胎七宝大花瓶です。
口径 12.7㎝、底径 12.5㎝、高 32.2㎝。重さ 1.7㎏。明治初期。
尺越えの堂々たる大花瓶です。
先回のブログで紹介した品とよく似た品です。ただ、大きさが非常に違います。
反対側:
両横側:
上部の内側には、京薩摩らしく色絵で花が描かれています。
底の造りは前回の品と一緒。銘がありますが、読めません。
実はこの品、さる骨董店の隅にひっそりと置かれていました。
聞くと、「どこの品かよくわかりません。中国かも知れない」と主人。
確かに、この手の泥七宝は、中国で多く作られてきました。明末の品であれば、相当古格があります。しかし、この品は新しい。みんはみんでも、民国あたりの物なら売り物にならないので、主人もどうしたものかとためらっていたと思います。
それもそのはず、陶胎七宝の絶対数は大変少なく、私の実感では、七宝百個のうち一個くらいの割合でしかありません。通常の骨董店では、一生に一個扱うかどうかでしょう。
「きれいですね。家に飾ってみたいですね」とかなんとか当たり障りのない事を言って、値段交渉。私としては、大変お値打ちに入手することができました(^.^)
窓の中に、レンゲの花?
テッセンと菊。
両サイドは幾何学紋。
肩のあたりをめぐるあずき色の帯も、先回の品と同じです。
台のついた底も、先回と同じ、輸出向け製品の形です。
先回の花瓶と並べてみると、両者、一回り以上大きさがちがいますが、色形など、同じところの産であろうと思わせる造りです。
例によって、資料をひっぱりだしました。
似たような品が載っています。
特別展「七宝」、名古屋市博物館、1989年
陶胎七宝「花文花瓶」、高 29.0㎝
これくらいの大きさが、陶胎七宝の限界でしょうか。
博物館に、3㎝アヘッド(^^;
博物館のものより3cmも大きいとは!
3cmも違うと、随分と大きさが違いますよね!
入手の経過にも物語がありますね(^-^*)
だいたいにおいて、名品の購入は、売っている側よりも買う側のほうに知識があって購入するケースが多いですよね。マグレ当りではないんですよね。
日頃の情熱と努力の賜ですね(^_^)
良い話だけ、ブログアップです。
ダメな話は、情けないし、何よりも数が多すぎて(^^;
やはり、骨董はパチンコと同じですね(^.^)