今回は、2006年5月1日から同月9日まで「待合室」の第166回「都営三田線途中下車(9) 高島平駅(その1)」として掲載した記事の再掲載です。文章の一部を修正しました(内容を変えない範囲です)。なお、写真は全て2006年3月20日に撮影したものです。
都営三田線途中下車シリーズの第9弾です。今回は一度で終わりません。ただ、私にとっては途中下車にならないのですが、それはどうでもいいことです。
都営三田線を目黒方面から乗り続け、私が通勤で使う西台駅を発車すると、次が高島平駅です。大学の最寄り駅にはなっておりません(歩くと、高島平駅のほうが少しばかり遠いのです)。西台駅の脇にある車庫に出入りするための線路があるので、この駅始発または終着の電車もあります。
高島平駅は、都営三田線の開業時(1968年12月27日)から存在する駅で(しかも終点でした)、当初は志村と名乗っていました。高島平と改称されたのは1969年8月1日です。
高島平駅北口の、或る通りです。実は、ちょうどお昼時で、食事をする店を探していました。 飲み屋は結構ありますが、食堂となると意外と少なかったりします。もっとも、これは高島平駅周辺に限ったことではありません。
高島平駅から新高島平駅、西高島平駅方面に歩いています。西台駅、高島平駅、新高島平駅、そして終点の西高島平駅は、いずれも板橋区高島平にあります。西台駅は高島平9丁目、高島平駅は高島平8丁目、新高島平駅は高島平7丁目、西高島平駅が高島平6丁目にある、ということになります。高島平の番地は、西台駅南側から1丁目、高島平駅の南側が2丁目というようになり、西高島平駅の南側が5丁目、北側が6丁目、そして西台駅北側が9丁目となっています。
高島平2丁目交差点の北側です。写真の道路を、手前のほうに進むと徳丸ヶ原公園、奥のほうに進むと赤塚公園に着きます。実は、大東文化大学に着任するまで、このあたりに行ったことは2度しかなく、あまりこのあたりのことを知りません。高島平 の1丁目を歩くことは多いのですが(勤務地が1丁目にあるので当たり前ですが)、それ以外の場所を歩いたことはあまりありません。
多分、奥のほうが徳丸ヶ原公園ではないかと思います。もう少し歩くと、新河岸川、さらに荒川戸田橋公園のほうに行けるはずです。もっとも、まだ行ったことがないのですが。
高島平駅北口を歩き回りました。板橋区の商店街らしい、幅の細い道です。西台駅前には、ホームに沿って伸びる商店街しかありません。蓮根駅前の商店街のほうが、高島平駅北口に似ているかもしれません。
まだ高島平駅北口を歩いています。高島平は、板橋区でも新しい街のはずですが、古くからある街と同じように、幅の細い道路が多いのです。
高島平駅の南側の道路に出ました。奥が新高島平駅側です。高島平図書館、高島第七小学校の近くとなります。手前のほうに歩けば西台駅や蓮根駅のほうに出られるはずです。
高島平と言えば団地。郊外に広がるニュータウン、高層住宅の、いわば発祥の地のようなものです。高島平駅の南口に高層住宅が並んでいます。西台駅の北側、志村車庫の真上にも高層住宅がありますが、大東文化大学の所在地である高島平一丁目には、高層住宅がほとんどありません。
先ほどから、ほぼ同じ地点で撮影しています。それにしても、東京をほぼ縦断する経路が通勤経路なのですから、大変なものです。
この交差点をまっすぐ進めば、首都高速5号線の真下に出て、赤塚公園のほうにも出られますが、それでは大学から遠くなってしまいますので、西台駅のほうに戻り、大学へ行こうと思います。
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