現在開かれている第189回国会で、既に内閣提出法律案第1号である「地方交付税法の一部を改正する法律」案が衆議院、参議院の双方で可決され、法律として成立しています。2月12日には今年の法律第1号として公布されました。
衆議院のサイトをみると、やはり昨年12月に行われた衆議院議員総選挙の影響なのか、法律案の提出が遅れているようで、内閣提出法律案は上記のものしか紹介されていません。他方、衆議院議員提出法案が5つ、参議院議員提出法案が1つ、国会で審議されているようです。
その中で、参議院議員提出法案が気になりました。第1号、「高等教育に係る家計の負担を軽減するための税制上の措置その他の必要な施策の推進に関する法律」案です。長い名称なので、仮に高等教育家計負担軽減法案としておき、必要に応じて単に法律案と呼ぶこととしましょう。
先に参議院に提出されており、1月30日に受理されています。2月3日には予備審査議案として衆議院に受理されています。日本を元気にする会に所属する井上義行議員外2名により提出されたとのことですが、まだ参議院内の委員会に付託されていないようです。
ようやく法律案が衆議院のサイトに掲載されたので、少しばかり読んでみました。
高等教育家計負担軽減法案は短い法律案で、附則を除けば五章構成で十箇条しかありません。しかし、税制上の問題に踏み込んでおり、気になります。
提案理由は、次のように説明されています(以下、条文の引用はすべて衆議院のサイトに掲載されているところによります)。
「高等教育に係る家計の負担能力の程度が高等教育を受ける機会の確保に影響を与えている状況に鑑み、教育基本法の精神にのっとり、家計の負担能力の程度にかかわらず、意欲及び能力のある者が高等教育を受ける機会を確保することができるようにするため、高等教育に係る家計の負担を軽減するための税制上の措置その他の必要な施策に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにするとともに、必要な事項を定めることにより、当該施策の推進を図る必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」
よほど短い法律でなければ、目次が付されます。これで法律の構成がわかります。高等教育家計負担軽減法案の構成は、次の通りです。
「第一章 総則(第一条-第四条)
第二章 教育振興基本計画に定める事項(第五条)
第三章 税制上の措置(第六条・第七条)
第四章 学資金の返還免除制度の拡充(第八条)
第五章 調査研究等及び制度の周知(第九条・第十条)
附則」
全体的に、この法律案において何か具体的な策が示されているという訳ではなく、政府が何らかの策を講ずるように求めるという内容です。すなわち、この法律案が示している事項については、すべて他の法令により何らかの措置が行われるべきであるという内容ですから、一定の範囲内で法令の改正を必要とします。様々な形態を含む法律の中では基本法の範疇に入るものかもしれません。
私は、行政法や税法の講義において、最近の多くの法律では最初に置かれる条文(通常は第1条)が法律の趣旨なり目的なりを示す規定であり、二番目に置かれる条文(通常は第2条)が法律において使用される用語の定義を示す規定である、と説明します。高等教育家計負担軽減法案もその通りの構造となっておりますので、ここでは「目的」規定である第1条をみてみましょう。
「この法律は、高等教育に係る家計の負担能力の程度が高等教育を受ける機会の確保に影響を与えている状況に鑑み、教育基本法(平成十八年法律第百二十号)の精神にのっとり、家計の負担能力の程度にかかわらず、意欲及び能力のある者が高等教育を受ける機会を確保することができるようにするため、高等教育に係る家計の負担を軽減するための税制上の措置その他の必要な施策に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにするとともに、必要な事項を定めることにより、当該施策の推進を図り、もって国家及び社会の形成を担う有為な人材の育成に寄与するとともに、我が国の経済社会の発展に資することを目的とする。」
何故に日本国憲法第26条第1項が示されていないのか、理由を知りたいところです。同項は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定めており、法律案第1条の目的は憲法第26条第1項が要請するところです。また、法律案は単に教育基本法をあげているのみです。高等教育家計負担軽減法案の趣旨に最も適合するのは教育基本法第4条ですから、それを明示するほうがよいのではないかとも考えられます(教育基本法第一章としてもよいでしょう)。法律案の第5条は教育基本法第17条第1項を引き合いに出していることも記しておきます。
「基本理念」を定めるのは第3条で、第1項は「高等教育に係る家計の負担を軽減するための施策は、天然資源に乏しい我が国においては人材こそが最大の資源であり、国家及び社会の形成を担う有為な人材の育成が我が国の重要な課題であるとの認識の下、不断に推進されなければならない。」、第2項は「高等教育に係る家計の負担を軽減するための施策は、その対象となる者の置かれている状況に違いがあることを踏まえ、税制上又は財政上の措置その他の措置が適切に組み合わされることにより効果的に実施されることを旨として講ぜられなければならない。」と定めています。第1項にいう「家計の負担を軽減するための施策」は多様なものであり、第2項は具体的な例として「税制又は財政上の措置その他の措置」としているのでしょう。
さて、ここで税制上の措置です。ここで具体的な話が少しばかり登場します。まずは「高等教育に要する費用についての給付付き税額控除」という見出しが付けられた第6条をみることとしましょう。
「政府は、平成二十七年度中に、自己又は生計を一にする親族のために支払った大学等の授業料及び入学金、大学等において必要な教材の購入費その他の高等教育に要する費用のうち一定の金額に達するまでの金額を所得税等の額から控除し、かつ、当該控除をしてもなお控除しきれない金額があるときは当該控除しきれない金額に相当する金銭を給付する制度を創設するために必要な法制上の措置を講ずるものとする。」
所得税の改正を求める内容です。所得控除ではなく、税額控除となっている点に注意を要します。所得税額を算出した後に、一定の事由に該当した場合に一定の税額を差し引くことを税額控除と言います。法律案の第6条は、一年度分の所得税について「大学等の授業料及び入学金」や「大学等において必要な教材の購入費」などの金額を控除することができるように求めています。これには勿論、確定申告を必要としますが、むしろ納税環境としてはよいことでしょう。
給付付き税額控除は、所得税額から税額控除を行い、控除しきれない場合、すなわち、税額控除額のほうが大きければ、その分を還付などの形で給付することです(課税最低限を下回る者についても現金給付を行います)。
話を単純化するため、次のような例を示しておきましょう。或る給与所得者E氏の一年度分の所得税額(源泉所得税額)が250,000円であったとします。次に、インターネットで無作為に検索したら横浜国立大学の入学料・授業料のサイトがヒットしたので、ここを例として使わせていただきますと、入学料は学部・大学院とも282,000円(経営学部の「夜間主コース」のみ141,000円)、学部生の授業料は「昼間主コース・第一部」で535,800円です。そして、E氏の子Kが横浜国立大学の学生であるとしましょう。
法律案の第6条の趣旨が生かされたら、次のようになる可能性が出てきます。
Kが前年に横浜国立大学に入学した場合には
250,000-(535,800+282,000)=-567,800
Kが前年に横浜国立大学の2年生以上である場合には
250,000-535,800=-285,800
計算結果は負の数ですので、567,800円なり285,800円なりがE氏に還付されることとなります。
実際にはこのような単純な話にならないと思われますし、上の例は不正確かもしれませんが、実現すればそれなりに意味のあることとなるでしょう。一般的に、所得額が低い者にとっては所得控除より税額控除のほうが有利になると言われています。
〔ちなみに、国立国会図書館が発行している「調査と情報」の678号(2010年4月22日)に、財政金融課の鎌倉治子氏による「諸外国の給付付き税額控除の概要」という論文が掲載されています。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、スウェーデン、カナダ、ニュージーランドおよび韓国の例が紹介されており、参考になります。〕
高等教育家計負担軽減法案には、上記とは別に所得税法の改正を促す内容が含まれています。「高等教育に係る寄附を促進するための措置」という見出しを付された第7条です。引用しておきましょう。
「政府は、平成二十七年度中に、個人及び法人の大学等への寄附並びに高等教育に係る学資の支給及び貸与に関する寄附を促進するよう、これらの寄附に係る個人所得課税における寄附金控除等及び法人課税における寄附金の損金算入の制度について、それぞれ寄附金控除等又は損金算入をすることができる金額を拡充するために必要な法制上の措置を講ずるものとする。」
既に寄附金控除は存在しており、大学等への寄附についても適用されるのですが、ふるさと納税に比べると控除の範囲が狭いのです。ふるさと納税を所得控除に戻して欲しいとすら思えるほどですが、そのような私情はここで捨てておきます。
もう一つ、これは税制とは全く違う話ですが、最近報じられたニュースとも関連して、「第四章 学資金の返還免除制度の拡充」をあげておきます。今や奨学金の返済は大変な社会問題となっています。貸与制が原則となっている国が日本以外のどこにあるのかと疑われるほどですし、貸与制のために自己破産に至った例も少ないとは言えない状況になりつつあります。第四章には第8条のみが置かれており、次のような規定となっています。
「政府は、平成二十七年度中に、独立行政法人日本学生支援機構が在学中に特に優れた業績を挙げたと認められる学生等(大学及び高等専門学校の学生並びに専修学校の専門課程の生徒をいう。以下この条において同じ。)に対しその貸与した学資金の全部又は一部の返還を免除することができる制度について、大学院の学生以外の学生等をその対象に加えるとともに、学資金の全部の返還を免除する学生等の人数がその貸与を受けた学生等の人数のおおむね二割となるよう、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。」
ここに示されている内容について、どのように評価するかは見解が分かれることでしょう。全額免除の対象者を全体の2割程度とするというのは狭すぎるという批判があるかもしれません。私も、もう少し踏み込んだ内容を示してもよかったのではないか、と考えています。ただ、国会における議員構成などを考慮すれば、やむをえないのかもしれません。ここでは学部学生を対象に含めていること、全額免除の対象者について数的に基準を示したことを評価すべきである、ということになるでしょうか。
さて、以上のような内容を有する高等教育家計負担軽減法案ですが、法律として成立するかどうかはわかりません。私は国会関係者でも何でもありませんので下手な予想はしたくないのですが、困難な過程をたどるのではないかと考えています。まず、第6条については財務省関係からの抵抗があるものと思われます(所得税の税収が少なくなることが明らかであるためです)。そればかりでなく、地方税にも関係することから総務省関係からの抵抗も予想されます(住民税の税収に影響します)。第7条についても同様です(第6条よりは抵抗が少ないかもしれませんが)。第8条についても、独立行政法人日本学生支援機構などからの反発が予想されます。
しかし、参議院から高等教育家計負担軽減法案が出されたことの意味は、決して小さいものではないはずです。現在の教育、社会に対する問題提起なのですから。簡単に否決して葬り去ってよいものとは到底思えません。教育は国家百年の計とも表現されますし、一応はどの政治家も重要であると口にします。それならば、単に言うだけで済ませるのではなく、長期的な視野で、人に対する投資として考えるべきものです。
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