ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

2007年9月4日、日田市を歩く(2)

2014年03月27日 00時01分31秒 | 旅行記

 〔「待合室」に、2007年9月13日(第228回)、2007年9月20日(第229回)、2007年9月27日(第230回)、2007年12月6日(第241回)、2008年1月7日(第246回)、および2008年1月15日(第247回)掲載。2008年10月27日、統合および一部修正の上で、別室13として再掲載。2010年10月17日、別室12へ移行。2010年11月28日掲載終了。〕

 (以下は、2007年9月20日に第229回として掲載したものです。なお、一部修正を施しています。)

 このホームページを始めたのは2000年6月3日で、その翌月にはサテライト日田問題に関するページを作成しました。それ以来、意図するところがあって独立したコーナーにしなかったものの、不定期の連載となった「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」は2004年まで続けました(現在も掲載しておりますので、お読み下さい)。そして、この問題に関する論文を4編書きました。最後のものは2006年6月に公表されています。日田市対別府市訴訟、および日田市対経済産業省訴訟という事態にまで発展したサテライト日田問題は、当時、行政学や行政法学など、地方自治に関係する学問からの関心をも呼びましたが、そのような時期に、大分県に住み、大分地方裁判所、福岡高等裁判所に足を運べたことは、私自身、貴重な機会に恵まれたということである、と考えています。そればかりでなく、私は、学者としてだけではなく、一大分県民としての立場を示してきたつもりです。

 そして、サテライト日田問題に関わった者としては、その後の状況をも見ておく必要があるはずです。日田市に行く機会に恵まれるのであれば、サテライト日田建設予定地を再び訪れたい、と思っていました。実は昨年(2006年)にも、福岡滞在期間中の後半に日田市へ行く予定を立てていましたが、私が少しばかり体調を崩しましたので(集中講義はきちんとおこなうことができましたが)、長距離移動には慎重になりました。西鉄天神大牟田線沿線であれば楽ですが、それ以外では不安を感じたので、日田市へ行くのをあきらめました。今年(2007年)は、体調を万全に整えた上で、できるだけ早い時点で日田市へ行こうと思い、計画を立てました。9月4日、天神バスセンターから田川後藤寺までバスで行き、田川後藤寺から日田彦山線に乗り、宝珠山駅を発車してすぐに日田市に入り、夜明を通って日田駅に到着しました。いよいよ、サテライト日田予定地へ行きます。

 今回は、短いながらも不定期連載「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」の復活というべき内容と言えるかもしれません。

 日田駅のすぐ近くにある日田バスセンターで時刻表を見たところ、サテライト日田予定地のそばを通るバスの本数は極端に少ないことがわかりました。そこで、駅前からタクシーに乗り、友田にある100満ボルト日田店まで行くこととしました。国道386号線を通ると、それほど大きな変化はないものの、所々で「変わったな」と思えるような箇所を見つけました。確実に時間は経過しています。もっとも、タクシーやバスなどに乗っているのと、自分で車を運転しているのとでは、同じ場所を通っていても景色の見え方などが違うものです。総じて、自分で車を運転していると、景色をそれほどよく見ていないものです。考えてみれば当然のことで、景色に気をとられていたらたちまち事故につながります。

 国道386号線は、曜日や時間帯によっては渋滞するのですが、今回はスムーズで、程なく100満ボルト日田店に到着しました。短い距離だったのでタクシーの運転手さんには申し訳ないと思いましたが、ここが目的地ですから仕方がありません。私がサテライト日田問題に取り組んでいた頃、何度もこのあたりに来ていますが、100満ボルト日田店は当時も今もあるものの、駐車場を共有している別の店舗がドラッグストアになっていました。あやふやな記憶ですが、たしか、ここにはスーパーマーケットがあったはずです。

 上の写真は、その駐車場から撮影したものです。サテライト日田予定地ではありませんが、その隣です。奥に山林が見えますが、その下のほうに久大本線が通っていて、大分県では最も難読度が高いと思われる光岡(てるおか)駅は右のほうにあります。夜明を発車してしばらくすると、トンネルを抜ける前あたりからこのあたりの看板などがよく見え、さらに近づいて真横に見ながら通過しますが、光岡駅はここから少し離れています。日田彦山線のディーゼルカーに乗っていた私は、光岡駅到着寸前まで光岡駅で降りるかどうか考えていたのですが、道がわからないので日田駅まで乗ったのでした。

 ドラッグストアで買い物をして、目的地へ向かいます。アーバンピラミッドがその目的地です。この写真ではわかりにくいのですが、手前に見える赤いSEGAの看板と猫のノボリがある店はカラオケ屋で、実はアーバンピラミッドの一角です。奥のほうの入口にコンビニエンスストアがあり、隣がピエトロ、その奥がパチンコ屋とゲームセンターが同居している建物です。

 この道路が国道386号線で、一日数本しかないバスのうちの一本は久留米駅まで、もう一本は西鉄天神大牟田線の急行が止まる朝倉街道駅まで走っています(余談ですが「あさくらかいどう」ではなく「あさくらがいどう」と読みます)。奥のほうに走っていけば夜明で、さらに福岡県の朝倉市などに行くことができます。週末には渋滞します。最初にサテライト日田予定地へ行った時、場所がわからず、この道をひたすら走って夜明まで行き、引き返してきてようやく見つけたことを思い出しました。

 「目的地はパチンコ屋とゲームセンターなのか?」と思われた方もおられるでしょう。「そうではない」と答えておきます。私は、何もパチンコ、パチスロ、テレビゲームをやるために片道3000円以上も使って福岡(天神)からここまで、しかもバスとディーゼルカーとタクシーを乗り継いで来た訳ではありません。このあたりが今どうなっているかを知るために来たのです。もっとも、ただ来ただけであるというのもどうかと思われるので、少しだけゲームをやりました。

 アーバンピラミッドの駐車場です。ここに来たのはおよそ4年ぶりです。2003年8月25日(月曜日)、私は、当時の愛車である日産ウイングロードXを運転して、大分自動車道を使い、日田市対別府市訴訟を担当された弁護士さんの事務所を訪問したのでした。そして、ここを訪れています。右側の奥に写っている建物はうどん屋と公衆浴場で、上の写真には登場しないのですが右側にパチンコ屋とゲームセンターが同居する建物があります。

 実は、手前の駐車場こそがサテライト日田の予定地でした。2000年12月3日(日曜日)に初めて現場を訪れた時には鉄製の柵で囲まれていたのですが、2001年12月8日(土曜日)には元の駐車場に戻っていました。2003年8月25日も同様です。結局、ここに場外車券売場が建設されることはなかったのですが、どのような大きさ、高さ、形、色彩の建物が想定されていたのでしょうか。

 私自身は競輪(のみならず公営競技全般)をやったことが一度もなく、競輪場に入ったことが二度あるだけで、しかもそれは川崎競輪場でバザー(今で言えばフリー・マーケット、つまり蚤の市)が行われていたから入ったというだけなのです。別府競輪場の場所は知っていますし、すぐそばを歩いたこともあるのですが、一度も入ったことがありません。場外車券売場も、サテライト宇佐のそばを何回か通ったことがあるだけで、一度も入ったことがありません。そのため、場外車券売場にいかなる設備があるのかということなども、よく知らないのです。そう言えば、私が非常勤講師として仕事をしている國學院大學渋谷校舎の近く、並木橋には場外馬券売場がありますが、そこにも入ったことはありません。

 なお、この場所については、「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」の"第6編"で2000年12月3日の様子を、"第35編"で2001年12月8日の様子を述べておりますので、御覧いただければ幸いです。

 同じ駐車場ですが、撮影地点と角度を変えてみました。この中を歩いたことがありますが、けっこう広いスペースで、何台もの車を停めることができます(ただ、以前よりも面積が広げられているような気もします。奥のほうに停まっている2台のトラックあたりまでであったかどうか、記憶が定かではありません)。

 先ほどの細い道路から、再び国道386号線に出てみました。すぐ近くにバス停はありません。この日に限らず、集中講義期間中は運転免許証を携帯していません。福岡滞在中の主な移動手段は、第一に福岡市営地下鉄、第二に西鉄天神大牟田線、第三に西鉄バスであるためです。しかし、日田に来たこの日だけは、運転免許証を持っていればよかったと後悔しました。まさか、川崎から福岡まで愛車ゴルフを運転する訳にはいきませんが(実は一度やってみたいと思っていますが)、レンタカーを借りれば移動が楽です。合併によって広大な面積になった日田市の他の場所、たとえば旧天瀬町や旧大山町などの領域をまわることもできますし、小鹿田(おんた)をまわることもできます。大分時代の7年間は自家用車通勤でしたし、大分県内を自家用車で走り回っていただけに、車社会を歩き回ることのつらさを改めて感じました。

 曇ってきました。この日の天気予報では雨が降るかもしれないということでした。先ほどタクシーから降りた100満ボルト日田店が右に、アーバンピラミッドは左にあります。ここから大分自動車道の日田インターチェンジまでは3キロメートルほどです  (日田駅までの距離も同じくらいです)。100満ボルトと言えば、大分市内の店にはよく行きました。関東地方にはあまり支店がなく、とくに神奈川県には一つもないので、大東文化大学に移ってからは一回も行っていません。この日、久しぶりに入りました。

 さて、ここから日田駅に戻らなければなりません。東のほうに数百メートルほど歩けばバス停があるはずです。光岡駅に出てもよいのですが、道がわかりません。とにかく、再び日田駅を目指します。


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